第36話学校
その晩、いつものように食卓に座るアイラだったが、様子が少し違っていた。
食事が四人分用意されているのである。
誰か客人でも来ているのだろうかと考えていると、杖をついたジンウッドが食卓に入ってきて、そのまま席に腰かけた。
アイラが、状況を飲み込めず口を開けてジンウッドを見つめていると、ジンウッドから刺すような視線が飛んできた。
「なんだ、間抜けな顔をして」
「いや、だって、部屋で食べるんじゃ」
「ここは俺の屋敷だぞ。どこで食べようが俺の勝手じゃないか」
ブラッドもキースも真面目な顔をしているように見えるが、口元を強く結んで笑いをこらえているのが分かる。
アイラはそれでやっと、ああこの男はこれ程不器用なのだなと謎に感心しながら、ジンウッドとの間にあったわだかまりが消えていくのを感じた。
屋敷にいる間、アイラはジンウッドからあの夜のことについて感謝を言われることは無かったが、この日から微細ではあるが明らかにジンウッドからの当たりが弱くなっていた。
月日は流れ、屋敷を囲む木々は赤くく色づきはじめており、風は冷たさをはらんでいた。
「遂に、この日が来たかぁ」
アイラは今日、魔術学校に向けて旅立つ。
「早いものですね」
感慨に耽るアイラの横で、馬車に荷物を運び終えたドレッタが声をかける。
「いやぁ、ドレッタさんには色々とご迷惑をお掛けしました」
「いえ仕事ですから。と、言いたいところですが、正直に言ってアイラさんほどのお転婆な方の面倒を見たのは初めてでしたよ」
ドレッタが冷たい目でアイラを見つめる。
「あはは、ほんとにごめんなさい」
と、ドレッタの顔が笑顔になる。
「冗談ですよ。たしかに大変な思いもしましたけど、アイラさんと暮らした数ヶ月は、悪くなかったですよ」
「ドレッタさん!」
アイラがドレッタに感激の眼差しを向けていると、突然後ろからキースが飛び付いてきた。
「アイラちゃん~!」
「ちょっと! キースさんびっくりしたじゃないですか!」
「ごめんごめん。これでお別れだと思ったら寂しくなっちゃって」
「キース、それくらいにしなさい」
ブラッドに注意されて、キースがアイラを渋々手放す。
「ごめんねアイラさん。最後までこんな調子で」
「いえいえ。こちらこそ今日まですっごくお世話になてきましたし、これくらいのこと」
「ホントにアイラちゃんはいい子だねぇ!」
キースは、そう言ってアイラに頬擦りをする。
「キース!」
後ろから鋭く名前を呼ばれ、キースの肩が跳ね上がる。
アイラが屋敷の入り口を見ると、ジンウッドが眉間にシワを寄せて立っていた。
「お前というやつは、もう少し貴族らしい振る舞いが出来んのか」
「だってぇ、今日でお別れなんだよ」
「それがどうした。たかが数ヶ月同じ屋根の下で暮らしていたというだけだろうが」
「そんなこと言って、今日くらいその態度やめられないの?」
「やめるもなにも、俺は元からこうだ」
ジンウッドがアイラの側までやってくると、アイラは彼の前に立った。
「ジンウッドさん。今までお世話になりました」
「俺はお前の世話などした覚えはないぞ」
「父上」
珍しくブラッドが、ジンウッドを諫めるように語気を強めた。
「......まぁ、なんだ。向こうで教師に泣かされないよう精々頑張るんだな」
「ふふん。どうですかねぇ? どこかの誰かさんと違って、学校には優しい人しか居ないかもしれませんし」
アイラが挑発するように微笑を浮かべながらジンウッドの顔を覗き込む。
「本当に可愛げのない」
「礼儀を知らない田舎者ですから」
「口の減らん奴だな。早く屋敷から出ていけ」
口ではそう言いながらも、ジンウッドの目には怒りの感情がなく、澄んだ瞳でアイラを見ていた。
「ええそうさせて頂きます」
アイラは、笑いながら馬車に向かうと、乗り込む間際にくるっとジンウッド達に向き直る。
「皆さん、本当に今日までありがとうございました。私、絶対に立派な魔術師になってみせますから!」
こうしてアイラは、彼らに見送られながら屋敷を後にしたのだった。
気がつくと、暗闇の中に彼女は立っていた。
そこには何もなく、言い様のない閉塞感に襲われ自然と呼吸が早くなる。
彼女は、なぜ自分がここにいるのか分からず、出口を求めて走り出す。
だが、一点の光もない空間に自分が本当に進んでいるのかも分からなくなる。
それでも、ただ只管に走り続け遂には助けを求めるように声をあげる。
目を覚まし、息を切らしながら周囲を見渡して、そこで初めて今見ていた光景が夢だったことに気がつく。
「最悪だ」
女は、ベッドから出るとカーテンを開けて外の景色を見る。
空がうっすらと明るくなっており、女は寝直すのを止めて掛けてあるコートのポケットからパイプを取り出し葉を詰める。
葉が燃えはじめると女は窓を開けてパイプを咥えながら、庭を挟んだ向こう側の校舎を眺める。
「一年か。馬鹿げてる」
女は、そんなことを呟きながら一服を終えると、服を着替えてコートを羽織り部屋を出る。
庭を横切って校舎に入ると、女は『校長室』と書かれた部屋に入っていく。
コートをフックに掛け、棚から紐で束ねられた紙を手に取り机に向かう。
女は、それを一番上から順に中身を確認しながらページをめくっていく。
どれくらいそうしていただろうか、部屋の扉がノックされ女が顔をあげると、部屋はすっかり明るくなっており朝を迎えていた。
「入れ」
女の言葉に扉が開き、ガタイの良い男が入ってくる。
「おはようございますベルロック様」
「様はいらないと言っただろグライウス」
「しかし、
「ここではただの一教師だ。それで、何の用だ?」
「例の魔術師が来ました。お連れしても宜しいでしょうか」
「来たか。通せ」
グライウスに連れられ、一人の男が部屋に入ってくる。
「ようこそ我が校へ。ケイエス・ベルロックだ」
男に向かってベルロックが手を伸ばす。
男はその手を握ると、ベルロックの目を見た。
「イルゲン・リヴェットです。宜しくお願いします」
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