第35話終わりよければ

「いやー大変だったね」


 屋敷の食卓で茶を啜りながら、キースが横に座るアイラに声をかける。


「まさか父さんが遭難してるなんてね」


「いやぁ、なんとかなって本当によかったです」


 アイラの顔に笑顔が滲む。


 あの後、ジンウッドはキースが連れてきていた使用人達によって助け出され事なきを得ていた。


「でも、なんで私達があそこにいるって分かったんですか?」


「そりゃあれだけ派手に火が上がってればね。それに、この子が居たからね」


 キースが足元にいるベスの頭を撫でる。


「あの火を見て、もしかしたら何かあったんじゃないかって行ってみれば、まさかあの有り様とは」


「でも、ご無事でよかったです」


 対面からベレイザが笑いかける。


「父のせいで、折角の狩りを台無しにしてしまって申し訳ありませんでした」


「そんな謝らないで下さい。元はと言えば父が何か言ったのがきっかけらしいですし」


「あー、そのことなんですが......」


 キースが気まずそうにベレイザから視線を外し、また視線を戻す。


「実は私とブラッドでお願いしたことなんです」


「と、言いますと?」


「彼女と父のことで私達では解決できそうにない問題がありまして、伯爵に助言をお願いした次第で。つまり、今回の件は私達の甘えが生んだ結果といってもいいくらいなんです」


「まぁ」


 ベレイザがアイラの方を見る。


「別に彼女に問題はないんです。父は厳格な人ですから、国が魔術師の候補を広く集めはじめたのが気にくわなかったみたいで、彼女とよく揉めてたんです」


「それで、どうしようもなくなって父に叱ってもらったと」


「その通りです。お恥ずかしい限りです」


 ベレイザがクスクスと笑った。


「仕方ないですよ。ジンウッド公爵に説教できる人なんて父くらいなものですから。伯爵家としてお役に立てたなら良いのですが」


「今回のことで流石に父も懲りたはずですから、お役に立てたもなにも、感謝しかありませんよ」


「こんなことで宜しければいつでもお手伝い致しますよ」


「いえ、もうこのようなは懲り懲りですよ」


 二人して顔を合わせて笑っていると、ジンウッドの様子を見ていたブラッドとオライオが戻ってきた。


「父さんの様子は?」


「足を痛めてはいるけど、それ以外は心配無さそうだね。今はアキデンド伯爵が側についくれてるよ」


「そう。まったく人騒がせな父親なんだから。オライオさんも変なことに付き合わせちゃってごめんなさいね」


「い、いえ。当然のことをしたまでですから。それより、公爵になにもなくて良かったですよ」


「それもこれも、アイラちゃんがのお陰よね」


 アイラは、キースに頭を撫でられ気恥ずかしそうにうつむく。


「たまたまですよ。正直、私の魔術が通じるかなんて分かりませんでしたし、他の魔術師に比べたら私の腕なんてまだまだでしょうから」


「そんなことないわ。この結果はアイラちゃんが今まで積み上げてきた成果の証なんだから、そんなに自分を卑下しないで」


「そうですよ。アイラさんは私にも兄にも出来ないことをやってのけたんですから」


 キースとベレイザに誉められて、アイラは照れ笑いを浮かべながら頭を掻く。


「そうですかね。なら、もうちょっと調子にのっちゃおうかななんて、あはは」


「しかし、羨ましいですね。うちも何人か生徒の候補を集めましたが、ここまで魔術に長けた人材は居ませんよ」


「そうなの?」


「ええ。うちの領地では大々的魔術学校の生徒募集をかけたお陰で、それなりに候補者を募ることが出来ましたが、その中でも魔術の適正があると判断できた数はほんの一握りでしたし、それもおおよそ魔術が使えるだろうと言うだけで、実際に使ったことのある者は皆無ですよ」


「まあ、それを使えるようにするのが魔術学校の目的なんだから、そう深刻に考えなくてもいいんじゃない?」


「だといいんですが。俺にはあんな魔術師の駆け出しとも呼べない連中を、一年そこらで戦場に出せる人材にまで育てられるとは思えないんです」


「それは......」


 オライオは、一瞬口ごもったキースに何か気分を害してしまったのではと思い慌てて言葉を続ける。


「国が一年で育て上げると言っているんですから、何を疑ってるんだって話ですよね。素人が変なことを言ってすみません」


「そんな謝らないで。たしかに魔術師になるにはそれ相応の時間が必要なのは間違いないんだから、オライオさんがそう考えるのも無理のない話よ」


 だが、そう話すキースの笑顔がアイラにはどこかぎこちないものに見えた。


 翌朝、屋敷の前で馬車に荷物が運び込まれるのを見ながらアイラがベスと戯れていると、ブラッドに支えられながらジンウッドが屋敷を出てきた。


「足、大丈夫ですか?」


 ジンウッドは、アイラの横で立ち止まるとジロリと彼女の顔を見つめた。


「昨日の今日で良くなる訳がないだろう」


 折角人が気を使ってやっているのに、こいつは相変わらず刺々しい態度を取るのかと、アイラが不満を顔にする。


「全く、助けて貰った相手にその態度はないだろうに」


 アキデンドが半分笑いながらジンウッドの後ろから声をかける。


「俺は助けてほしいなどと言った覚えはない」


「強情なやつだ。ま、それだけの口が利けるなら足の怪我も大したことないだろ」


 そう言ってアキデンドはジンウッドの肩を軽く叩いた。


「悪かったねアイラさん。特におもてなしも出来なくて」


「そんな、私狩りなんて見たことなかったですから、良い経験になりました」


「ほぉ。良くできた娘じゃないか。それをお前というやつは」


「お父さん。それくらいにしてくださいな。お怪我をしてるんですから」


 ヘレナの少し強い口調に、アキデンドがシュンとなる。


「流石の伯爵も夫人にはかなわんな」


「うるさいわい」


「夫人。この度は私のせいで色々とご迷惑をおかけして申し訳なかった。こんどどこかで埋め合わせをさせて頂けますか?」


「あらいいのよそんなこと気になさらないで。でも、そうね。それなら埋め合わせとして一つだけお願いを聞いてくださるかしら」


「なんでしょう」


 ヘレナがチラッとアイラを見て、ジンウッドに視線を戻す。


「もう少し、身近な方を労ってあげてくださいな」


 ジンウッドの目が丸くなる。


「あっはっはっは! お互いヘレナには敵わんな! なぁそうだろう?」


「お前は黙ってろ。まぁ、そうですね、少し身の振り方を見直してみます」


 そこへ、キース、ベレイザ、オライオの三人が集まってくる。


「ずいぶん楽しそうですね。何があったんです?」


「なに、他愛もないことだ。なぁ?」


「......怪我人をいつまで立ち話させておくつもりだ? 俺は馬車で待たせてもらうからな」


 明らかに不機嫌になりながらブラッドに連れられ馬車に向かうジンウッドを、アキデンドはどうしようもない奴だと言わんばかりの目で見つめる。


「父がまた何か失礼を?」


「そうじゃないから気にするな」


「ならいいんですが。そういえば、どうでした父の様子は」


「ああ、あれなら昨日みっちり叱ってやったから大丈夫だ。あれも馬鹿な男ではないから、流石に分かってくれたとは思うよ」


「そうですか。何から何までありがとうございます」


「まぁこんな時勢だ。いつ行き合えるか分からないが、次はこんなことなしでまた会おうじゃないか」


「ええ是非」


 アキデンドがスッとアイラに視線を落とす。


「あんたも色々大変だろうが、もし機会があればまた会いに来てくれ」


「ありがとうございます!」


 挨拶を済ませると、アイラ達はジンウッドの屋敷へ戻っていった。

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