第34話救出
「父さん!」
ブラッドが斜面を滑り降り、アイラも後に続く。
「父さん! しっかりしてください!」
既に絶命した馬の側で、仰向けに倒れているジンウッドの体を、ブラッドが叫びながら大きく揺さぶる。
すると、ジンウッドの瞼がゆっくりと開き、ゆっくりとブラッドの方に顔を傾ける。
「父さん! 僕ですブラッドです!」
はじめは誰なのか把握できていない様子であったが、揺れ動いていた瞳が次第に一点に定まり、声の主を認識したようだった。
「ブラッドか」
掠れるような弱々しい声だった。
「良かった......。立てそうですか?」
ジンウッドが体を起こそうとすると、体が痛むのか一瞬顔が歪み、視線を足に向ける。
「くそっ足が」
ブラッドとアイラも目を向けると、ジンウッドの右足が膝の辺りまで馬体に潰されていた。
「今、馬をどかしますから」
ブラッドは、地面と馬体の間に手を入れて持ち上げようとするが、馬体はピクリとも動かない。
「手伝います!」
ブラッド一人では無理だと思ったアイラが、ブラッドと同じように手を突っ込む。
「いきますよ。せーの!」
アイラの掛け声に合わせて二人同時に力をこめ、ジンウッドも左の足で馬体を蹴る。
しかし、大人で持ち上げることが出来ないものを、子供一人の力を追加したからと言って持ち上がるものではなかった。
やがて、限界を感じたアイラが力を緩め、その場に尻餅をついた。
息を切らすアイラを尻目に、ブラッドは立ち上がるとジンウッドのそばを離れる。
「何か、持ち上げるのに使えそうなものがないか探してきます」
だが、そう言ったのも束の間、ブラッドは立ち止まると暗い森をじっと見つめはじめる。
「どうかしたか?」
「しっ、静かに」
険しい顔でじっと何かを見つめるブラッドを見て、アイラも先の見えない森を見ながら耳を澄ませる。
すると、静かなはずの森の奥から、微かだが確かに何かの気配を感じた。
アイラ達の場所まで着実に近づいていた気配が、ブラッドの警戒に気がついたのかある程度のところで止まった。
気配とアイラ達の間でしばらく沈黙が続いた後、その気配が更に距離を詰めようと動きを見せたところで、何かが破裂したような音と共に周囲が一気に明るくなった。
それは、アイラが頭上に放った火球の爆発によるものだった。
ギャっという悲鳴とともに、気配の正体が浮かび上がる。
「狼!」
叫んだのはアイラだった。
一瞬怯んで離れていった狼達だったが、辺りがまた暗くなると、牙を剥き出しにして睨み付けて彼女達を取り囲んだ。
「死臭に誘われたか!」
見れば、転落した際に傷が入ったのか、馬の周りにはまだ乾ききっていない血の跡があった。
「アイラさん火を!」
「は、はい!」
アイラは、また火球を作り出して自分達と狼の間にそれを浮かべる。
狼達が火球に怯んでいるうちに、ブラッドは視線をそのままに後退りをすると、馬体を持ち上げるために再度手を突っ込んだ。
「お前だけでは無茶だ!」
「いいから父さんは黙ってて!」
腕が折れてしまうのではないかと思うほど、精一杯力をこめるブラッドだが、それでも馬体は少しも持ち上がらない。
最初は火球に尻込みしていた狼達だったが、慣れてきたのか徐々に距離を詰めてくる。
「来ないで!」
アイラは、左手も使ってもう一つ火球を作り出し、左右に振り回して遠ざけようとする。
火球に阻まれて思うように近づけず、狼達が唸り声を出して苛立ちを露にする。
「ブラッドさん! まだですか?!」
「もう、少し!」
しかし、言葉とは裏腹に馬体は動かない。
アイラは迷っていた。
自分の術で狼を倒すことは出来るかもしれないが、相手は見える範囲では五頭いるがそれで全てとは限らない。
更に、アイラには魔術で生き物を殺した経験がなく、本当に魔術が通じるか分からず使うべきか決断できないでいた。
「もういい」
唐突にジンウッドが口を開いた。
「え?」
ブラッドの腕の力が抜ける。
「お前達だけでも逃げろ」
「何言ってるんですか!」
「俺がしでかしたことで、お前達を危険に晒す訳にはいかんだろ」
「見捨てろって言うんですか!」
「そうだ」
激昂するブラッドに対してジンウッドは、どこか冷静だった。
「どのみち馬は持ち上がらん。冷静に考えろ」
「しかし!」
「しかしではない! 馬鹿な父親に付き合って死ぬつもりか?! 分かるだろ」
ジンウッドが力強くブラッドを見つめる。
「アイラ、お前ももういい」
「嫌ですよ!」
アイラが叫んだ。
「何?」
「黙って聞いていれば後ろで勝手なこと言って、馬鹿じゃないですか?」
「状況が分かってるのか?!」
「分かってますよ。でもね、これから魔術師になるって人間が、狼相手に逃げてなんていられないんですよ!」
アイラの拳に力がこもる。
「何を、お前ごときにどうこうできる訳が」
「うるさい! 黙って見てろ!」
二つの火球が同時に爆発し、狼達は叫び後ろに下がる。
そこに生まれた隙に、アイラは両手へ神経を集中させる。
「火炎術式・紅蓮突き!!」
掛け声とともに拳を開き、左右の手の平からそれぞれ直線的に炎の柱が撃ち出され、二頭に直撃した。
体が炎に包まれ、悲鳴にも似た叫び声を上げながら狼がのたうち回り、その光景に他の仲間は散り散りに逃げていく。
やがて、二つの炎の塊は動きを止め、ただ周りを照らす光源となった。
「や、やった......」
一気に緊張が切れ、アイラは思わずその場に座り込んでしまう。
額には汗がにじみ、魔術を放った両手はガタガタと震えている。
呆気に取られ、何も言えずにいる二人に、アイラは強張った顔を向ける。
「今のうちに早く助けを」
そう言い終わらないうちに、遠くから聞き慣れた声が聞こえ、少しすると斜面の上から光が現れ、その眩しさにアイラは目を細める。
「おーい! 大丈夫?」
キースの声が聞こえ、光から彼女が顔を出した。
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