第33話失踪
「父上どちらへ?」
ジンウッドの様子がおかしいことに気がつき、ブラッドが声をかける。
「夕食までには戻る!」
それだけ言い残すと、ジンウッドは馬を走らせどこかへと消えてしまった。
その姿を呆れながら見送ったアキデンドが、アイラ達のところまで来ると一言ボソリと呟いた。
「あれじゃあ本当に子供だな」
「公爵と何を話してらしたの?」
ベレイザの質問に、アキデンドはブラッドとキースの顔を順に見てそれから頭を振る。
「他愛もない話さ。お前の気にするようなことじゃない」
「あら、娘に隠し事なんてよくないわ」
茶化すような笑顔を向けるベレイザ。
だが、ブラッドもキースも複雑な面持ちで、ジンウッドの走り去った方を見つめていた。
その頃、感情のままに馬を走らせた本人はと言うと、まるで何かを頭から追い出すようにひたすらに手綱を引いていた。
アキデンドの言葉は、一領主のジンウッドに痛いほど突き刺さっていた。
民を土地を、なによりも国王を守る立場である以上、私情を持ち込んで国防に穴を開けるような真似は許されるものではない。
そんなことは公爵であるジンウッド自身もよく分かっていた。
分かっていたからこそ、それを旧友でもあるアキデンドに指摘されたことが酷く恥ずかしく、腹立たしかった。
心を落ち着かせようと手綱を引いたが、駆ければ駆けるほど頭のなかで羞恥と憤怒がぐるぐると回転する。
どれだけ走らせただろうか、我に返って足を止めると馬体はすっかり熱くなり鼻息も荒くなっていた。
見渡す限りの鬱蒼とした木々の中で、出口が分からないことに気がつくとジンウッドの頭にそれまで無かった焦りの感情が生まれた。
とにかく来た方向を辿れば戻れるはずだと、前後不覚に陥っていることに気がつかず、根拠のない道を来た方角だと信じて馬を歩かせる。
と、同時に体が大きく揺れて、視界がぐるりと回転した。
「遅いですねぇ~」
日も落ちかけた頃、皆が思っていたことを真っ先にアイラが口にした。
「道に迷っているんじゃありませんの?」
心配そうなヘレナにアキデンドが首を横に振る。
「まさか。あやつもそこまで馬鹿ではあるまい。腹が減れば帰ってくるさ」
「そんな、人を子供みたいに」
「実際子供みたいなものなのだからいいじゃないか」
「でも、あまり暗くなると危ないわよ。狼でも出たら笑い事で済まされないわ」
その言葉に恐怖を掻き立てられたベレイザが、顔を青くする。
「何かあってからじゃ遅いですし、人を出しましょうか?」
「そんなことをすれば、却って怒らせるような気もするが」
「なら、僕が見てきましょうか」
手を上げたのはブラッドだった。
「そんな大袈裟よ。兄さんが迎えに行かなくたって伯爵の言う通りころっと帰ってくるわよ」
「だけど、このまま皆さんに心配をかけることもないだろ。ちょっと行って見てくるだけさ」
「あ、それなら私も行きます!」
声を上げたのはアイラだった。
「もう森も暗いでしょうし、火が使える私ならなにかと役に立つと思いますよ」
「でも、危険が無いとは言えないし」
「いやいや大丈夫ですって! ちょっと行って見てくるだけなんですから」
アイラがここまで同行したがったのは、言葉の通り魔術が役に立つからというのもあったが、万が一ジンウッドが迷子になっていたならば、一目その顔を拝んでやろうという腹積もりからくるものだった。
「そこまでいうなら。じゃあ二人で少し様子を見てきますので」
ブラッドは、アイラを前に乗せると森へ馬を走らせた。
ジンウッドが走っていった方向はおおよそ見当がついていたが、森に入ってからはどこをどう走っていったのかが分からず、ゆっくりと声をかけながら進んでいった。
「弱ったな。思っていたより森が暗い」
「これだと本当に迷子になってるかもしれませんね」
アイラは、探しに来たのが自分だと分かったらどんな顔をするだろうかと心を踊らせていたが、ブラッドの顔に焦りの色が出ているのを見て、真面目に探すことにした。
「アイラさん。悪いんだけど辺りを照らしてくれるかい」
「任せてください」
杖を置いてきたため、右手を前に掲げて人差し指だけを突き出す。
「よっ」
指先から握り拳ほどの火球を作り出し、それを不安定に上下に揺らしながら道の先に浮かべる。
突然に現れた光源に、馬が動揺してその場で足踏みを始めたので、ブラッドがそれをなだめる。
「すごいね。ああいうのには魔術を唱えないの?」
「あれくらいだったら言葉無しに使えますよ。名前のない魔術って意外とあるんですよ」
得意気に言ってみせるが、火球を維持するためにアイラは腕を掲げ続ける必要があり、馬が揺れるのに合わせて火球も揺れ動く。
それからしばらくはアイラの灯りをたよりに森を進んでいたが、ジンウッドを見つけることは出来なかった。
「大丈夫? 腕、辛くない?」
「大丈夫大丈夫! まだまだいけますよ」
口ではそう話すアイラであったが、言葉とは裏腹に腕が小刻みに震え筋力的に限界も近かった。
と、アイラが一瞬力を抜いたことで火球が地面すれすれまで落ちてしまう。
慌てて元の位置に戻そうとするアイラだったが、ブラッドから待てがかかった。
「どうしました?」
「いいから、そのままにして」
ブラッドは、アイラを残して馬から降りると火球の漂う辺りまで近づき地面を凝視する。
「足跡だ」
そこには、火球に照らされて馬の蹄の跡が浮かびあがっていた。
「とりあえずこれを追ってみよう。そのままの高さを維持出来る?」
「出来ますよ」
足跡をなぞるように火球を移動させていく。
ゆっくりと、着実に足跡を追いながら時々ジンウッドの名前を呼ぶ。
しかし、どれだけ足跡を辿ってもジンウッドから返事が返ってくる様子はない。
ある地点まで行くと、まるでその場で旋回したように足跡が弧を描いている場所に辿り着いた。
「父さん! ブラッドです! 聞こえますか!」
ブラッドが叫ぶなか、アイラはじっと弧の先を追っていく。
と、まるで抉れたように凹んだ地面を見つけ、そこからすぐ横にあるきつく下った傾斜を覗き込むと、横たわる馬体が見えた。
「ブラッドさん!」
「見つけたか?!」
アイラに呼ばれ、ブラッドが一緒になって傾斜を覗き込むと、馬体の横で倒れるジンウッドが見えた。
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