第31話狩り
ベレイザは、ベスを見送るとアイラの方を見て軽く咳払いをする。
「アイラさん、そろそろ宜しいでしょうか」
「なんのことですか?」
「何って、昨日約束したじゃないですか」
少し怒り気味に頬を膨らませるベレイザに、アイラはようやく昨日の約束を思い出す。
「あー! そうでしたそうでした」
「ひどいわ。忘れていらしたのね」
「そんな忘れてませんよ。やだなー」
笑顔で誤魔化して杖を手に取ると、それを空に向けて斜めに持ち上げる。
「いいですか。まず、手本を見せますから、よく見ておいてくださいね」
「はい!」
ベレイザは、アイラの側でじっと杖の先を見つめる。
「......もうちょっと離れてもらえますか?」
「あ、ごめんなさい」
ベレイザが自分から五歩ほど後ろに下がったのを確認して、アイラは再度魔術を唱えるために集中する。
「はっ!」
アイラの掛け声とともに、杖の先端にポッと炎が灯ったかと思うと、すぐに消えてしまう。
「......それだけ?」
拍子抜けした顔をするベレイザに、アイラは内心文句を言いたくなるが、すっと言葉をこらえる。
「狩りの邪魔をするわけにもいきませんし、それに! 今見せたのは一例であって、大事なのは基本を知ることなんですから。ベレイザさんは、今の動作を見て何が基本なのか分かりますか?」
「んー。杖を持ち上げること?」
「違います」
アイラは、少し意地悪く笑みを浮かべる。
「いいですか。まず、魔術を使う前に私は何をしたでしょうか」
「何って、掛け声かしら」
「残念。正解は安全の確保です。ベレイザさんに少し離れるように伝えたのは、万が一のことで周囲の人間に怪我をさせないためです。それに姿勢。見てください、この大地に根を張ったような力強い立ち姿!」
そう言って、アイラは大袈裟に足を広げる。
「魔術というのは姿勢が何よりも大事になります。ふざけた立ち姿ではまともに魔術を使うことなど出来ませんからね」
「へー! そう言うものなのね!」
ベレイザから関心の声が出たのを聞き、アイラは自分の言葉に信憑性があることを確認した。
今までの説明は、確かに魔術を使う上で必要な事項ではあるが、それをしなかったからと言って魔術が使えない訳ではない。
だが、魔力のないベレイザには、この程度のことしか教えられないのである。
「では、ベレイザさん。実際に杖を持って構えてまましょう」
「いいのかしら」
そう言いつつも、ベレイザはエサを与えられた雛のように素早くアイラから杖を受けとると、宝物でも眺めるように杖を見つめる。
「魔術師としての基本の立ち方から教えますから、言う通りに立ってみてください」
「はい!」
アイラの指示の通り杖を構えるベレイザを、ヘレナとキースが椅子に座りながら遠巻きに見つめている。
「いやだわあの子ったら。魔術師の真似なんてしちゃって」
「いいじゃないですか。アイラちゃんも遊んでくれるお姉さんが出来て、嬉しいのかもしれませんし」
「そう? だったらいいのだけれど」
キースは、内心ホッとしていた。
なぜなら、ベレイザをアイラのところへ訪ねさせたのは、他でもないキースだったからだ。
昨夜、ベレイザがキースの部屋を訪ねてきた際に、いつものように魔術を教えてほしいとすがり付く彼女に、キースはアイラを差し出したのだった。
スライブ家とヴィリッシュ家は、古くからの付き合いでこうした狩りなどの社交の場で顔を合わせる度に、キースはベレイザから魔術指南を無心されていた。
キース自身、ベレイザのことは嫌いでは無かったが毎回指南を迫られることについてはうんざりしており、身代わりとしてアイラは都合が良かったのだ。
願わくば、ここにいる間はアイラと仲良くやってくれれば良いと、用意された菓子をつまみながらキースは思うのであった。
「ベレイザさん楽しそうだね」
馬上でベレイザを見ながら、ブラッドが笑う。
だが、同じく馬上にいるオライオは、冷ややかな視線を向けていた。
「あんな馬鹿みたいなこと、他の誰かに見られたらと思うとゾッとするよ」
「僕らに見られるのはいいのかい?」
「今更だろ。それとも、妹のあんな姿を見るのは初めてだとでも言うつもりか?」
「まさか。だけど、他の人に見られたって恥ずかしいことないだろ」
オライオがぐっとブラッドに顔を近づける。
「本気で言ってるのか?」
「勿論。元気で可愛らしいじゃないか」
「皆が皆、お前のような感性の持ち主だったら良かったのにな。いいか、貴族の娘ってのはもっとおしとやかで、それでいて凛とした姿で花のある存在じゃなきゃいけないんだ。それを、あんなにはしゃいで棒を振り回すようじゃ、どこも嫁になど貰ってくれまいよ」
「それ、僕の妹にも言ってくれるかい?」
オライオが大きく横に首を振って否定する。
「キースさんは別だ。あんなに芯の通った女性はそうそう居ないよ」
そう言って、オライオは椅子に座っているキースを見つめる。
すると、オライオの視線に気がついたキースが手を振り、オライオはすぐさま顔を背けた。
「大概君も人のことを言えた立場じゃないんじゃないかな」
ニヤニヤしながら見つめてくるブラッドを、オライオは睨み付ける。
「勘違いをするな! 俺はただ、宮廷の魔術師にまで登り詰めたその努力と才能を尊敬しているだけでだな」
「そうかい。そう言うことにしておくよ」
「お前こそ、そんなに妹が気に入っているなら嫁に迎え入れたらどうだ? こちらとしては公爵家とより深い仲になれるわけだし、なにより妹も喜ぶだろうよ」
オライオは、お返しとばかりに茶化すように言ってみるが、ブラッドの反応は彼が期待したものよりも静かであった。
「今は、そういうことは考えられないかな」
「なんだ。やはりあのようなお転婆は気にくわないんじゃないか」
「そうじゃない。ただ、また戦争が始まれば今度こそ戦場に行くことになるかもしれないし、そんなときに家族を持とうなんてとても考えられないよ」
オライオは、こんな能天気な顔をしておいて、まさかこんなことを考えているなどと欠片も思っておらず、ブラッドを茶化す気持ちが吹き飛んでしまった。
それと同時に、小さな怒りがわいてくる。
「だからだろ」
「え?」
「自分がいつ死ぬかもしれないと思うからこそ、今したいことをしなければ、いざその時になって後悔してもしきれないんだぞ」
オライオから予想外の言葉が出てきて、ブラッドは黙って彼の顔を見た。
「俺はお前の負け犬のような思考は大嫌いだね」
「きついことを言うなぁ。でも、君の言う通りかもしれない」
「そうだろそうだろ。分かったんなら妹を嫁に迎えろ」
「それはまた別の話だよ」
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