第30話ベレイザ

 突然のことに、アイラは理解が追い付かず固まってしまう。


「ダメでしょうか?」


「いや、いやいやいや。私がベレイザさんに、魔術を?」


「はい。幼い頃に教えに来て頂いた魔術師の方に、きっぱりと才能がないと言われてしまって、以来、父からは無駄なことだと魔術を習うことを禁じられてきました。ですが、一度でいいから魔術を使ってみたいとずっと思っていたのです」


 アイラの手を握るベレイザの握力が強くなる。


「ここにいる間だけでいいのです。どうか、私に魔術を教えてください」


 懇願するベレイザに、アイラは戸惑いを隠せない。


「あの、よく分からないんですけど、キースさんじゃだめなんですか? 私みたいな半端者より、宮廷魔術師のキースさんに習った方がいいと思うんですけど」


 アイラの手からベレイザの手が離れ、ベレイザはうつむく。


「何度かお願いしたことがありますが、魔力の無い人にいくら教えても無駄だからと、聞き入れてもらえませんでした」


 それを聞いて、アイラは頭を抱えたくなった。


 魔力が無ければ魔術を使うことなど出来るはずもなく、キースの言うことは正しかった。


 ゆえに、アイラがいくら教えたところでベレイザが魔術を使えるようになることはまずないのである。


「魔力がないんですよね?」


「回りの人はそう言います」


 その口ぶりから、ベレイザは自分に魔力がないことに納得していないようだった。


「なら、私が教えたところでどうにもならないかと思います」


「ですが! もしかしたら練習を続けている内に、秘められた魔力が開花するかもしれません!」


「それはどうでしょうか......」


 貴族に向かって無いとも言えず、アイラは視線を反らす。


「お願いですアイラさん! 私、諦めたままでいたくないんです!」


 力強く迫るベレイザに、アイラは、どうせ狩りが終わるまでの間の関係だからと、願いを聞き入れることにした。


「じゃあ、ここにいる間だけならいいですよ」


「本当ですか!」


 ベレイザは、アイラの手を掴むと上下に激しくふって喜びを表現する。


「ありがとうアイラさん! こんなに嬉しいことって無いわ!」


 満面の笑みで部屋を出ていったベレイザを、アイラは決して顔には出さなかったが、呆れ気味に見送った。


 ただ、アイラは、なにも人に魔術を教えることが面倒なのではなく、魔術を教えることが無駄だと分かっているからこそ、やる気が起きないのである。


 魔術とは魔力ありきのものであり、魔力の有無は産まれたときに決まるため、後天的に獲得することがまず不可能だとアイラはイルゲンから教えられていたのだ。


 翌朝、アイラは目の前に広がる光景に目を見張っていた。


「ひろ~い!」


 アイラの口からでたその言葉は、率直な感想だった。


 昨夜は暗くてよく見えなかったが、狩りのために用意されたこの屋敷は、森を切り開いて作られており、辺り一面を整備された草原が囲っている。


 更にその草原を囲うように木々が連なり、そこで狩りを行うのである。


 スライブ家の屋敷の周りとは違い、解放された空間にアイラは周りの目を気にすることもなく、無邪気に草原を転がり回る。


 散々転げ回って空を仰ぐと、突然目の前に犬の顔が現れ、ベロベロとアイラの顔をなめ回し始める。


「あはは! くすぐったいって」


 アイラは、犬の顔をワシワシと撫で起き上がる。


「ほらベス! およしなさい」


 ベレイザに名前を呼ばれ、アイラにじゃれついていた犬が尻尾をふって彼女の足元に走っていく。


「お前は狩猟犬なんだから、もっとしっかりしないと」


 ベレイザにそんなことを言われ、分かっているのかいないのかベスは、その場でお座りをすると首を傾げた。


 その横では、メイド達がテーブルや椅子を並べ、狩った獲物をいつでも調理できるように準備をしている。


「良かったなぁ晴れて! 絶好の狩り日和じゃないか」


 馬上で空を見上げながら、アキデンドが高らかに笑う。


 だが、その横で同じく馬に跨がっているジンウッドは、どこか浮かない表情をしていた。


「どうかしたか?」


「いやなにも」


「......なぁ、何を思っているのかは知らないが、今日くらい楽しんだらどうだ? 今の時代、明日国がどうなるともしれないんだから」


「ああ。そうだな」


 それでもつまらなさそうな顔をするジンウッドに、アキデンドは話題を変えることにした。


「しかし、ホッとしたよ」


「なんのことだ?」


「あれだよあれ」


 アキデンドは、チラッとアイラの方を振り返る。


「いよいよ開校も迫っているというのに、お前のところはちっとも学校に送り出す人間を見つけて来ないもんだから、このままお上に逆らって誰も推薦しないんじゃないかと思ってたよ」


「......流石にそんなことをするつもりはない」


「どうだか。大方、ブラッドかキースが気を利かせて候補を探してきたんじゃないのか?」


「......」


 ジンウッドは、図星だったようで黙ってしまう。


「やはりそんなことだろうと思ったよ。フレイダルやリンクウッド、マルスのとこなんか血眼になって魔術師の候補者を探してると言うのに」


「そのつまらない話を夜まで続けるつもりか?」


 イラついたように、ジンウッドが軽くアキデンドを睨む。


 それに怯むことなく、アキデンドは笑顔で返す。


「それもそうだな。おい!」


 アキデンドの呼び掛けで、使用人の一人が二人の元にかけてくる。


「そろそろ始めてくれ」


「承知致しました」


 使用人は、振り返ってベレイザにじゃれつくベスを呼ぶと、馬にのって森に向かってかけていった。

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