第29話誘い

 魔術の使用を禁止されてから数日、すっかりやる気を無くしていたアイラは、朝朝食の時間まで眠るようになっていた。


 だが、今日は違った。


 それは昨日のこと。


「狩り、ですか?」


「そ。ヴィリッシュ伯爵から伯爵の狩場で狩りをしないかって招待されてるの」


 どこか退屈げにキースが話す。


「でも、私狩りなんてしたことないですよ。それに、そんな場所に私がいたらご迷惑になるんじゃ」


「狩りなんて男しかやらないから、見てるだけで大丈夫よ。ね、お願い。ずっと屋敷にいても息が詰まるでしょ? いい気分転換になるとおもうよ」


 キースに手を握って迫られ、アイラは同行しないと悪いような気がしてくる。


「そうかもしれませんね」


 アイラは、なぜキースがここまで自分を誘うのかよく分からなかった。


「キース。狩りの間一人で待ってるのが嫌だからって、そう強引に誘うものじゃないよ」


 横でその光景を見ていたブラッドが口を挟む。


「だって、あの人たちと話が合わないんだもん」


「大事な社交の場なんだから、そんなこと言うものじゃないよ」


「分かってるけど~」


 アイラは、この屋敷に来てからこんなに駄々をこねるキースの姿を見るのは初めてだった。


「私なら別に平気ですから、大丈夫ですよ」


 それを聞いてキースの顔が明るくなる。


「ほら! アイラちゃんもそう言ってるしいいじゃない」


「アイラさん本当にいいの?」


「はい!」


 確かに、キースを思っての参加表明ではあったが、アイラは単純に貴族の行う狩りというものに興味があった。


「それじゃ、父さんには僕から伝えておくから」


 こうしてアイラは、狩りに参加することが決まり侯爵領まで出掛けるために朝早く起きたのだった。


 アイラは、長い間馬車の中でジンウッドと狭い空間で一緒になることを不安に思っていたが、キースが気を使って別の馬車を用意してくれた。


 長い間馬車に揺られ、ヴィリッシュ領の屋敷につく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


 馬車を下りると、年老いた男と中老の女、ブラッドと同い年くらいの男女の四人が屋敷の前で待っていた。


 ジンウッドが老人に近づき握手をかわす。


「お久しぶりです。ヴィリッシュ伯爵」


「ご足労頂きありがとう。ん? 少し老けたかな」


「お互い様ですよ」


 ヴィリッシュの視線がアイラに移る。


「そちらのお嬢さんは?」


「......魔術学校の生徒候補です」


 やや間を空けてジンウッドが答える。


「ああなるほど」


 ヴィリッシュが握手を求めてアイラに手を伸ばす。


「アキデンド・ヴィリッシュだ。よろしく」


 そう言いながら、一層皺を増やしながら豪快な笑顔を向ける。


「アイラです。お世話になります」


 握手に応じると、アイラはその手がゴツゴツと骨ばっていながらも、歳に反してしっかりとした肉がついていることに気がついた。


「紹介しよう。妻のヘレナだ。そこの二人は息子と娘だ」


「ヘレナです。かわいらしいお嬢さんね。歳はいくつかしら?」


「十五になります」


「十五。若いのねぇ。うふふふ」


 力強いアキデンドに比べ、ヘレナからはだいぶ大人しいと言うか温和な印象をアイラは感じた。


「オライオだ」


「ベレイザです。宜しくね」


 娘のベレイザは、ヘレナと同じくどこか柔和な雰囲気を漂わせている。


 しかし、息子のオライオからは突き刺すような鋭い視線が注がれているような気がした。


「さて、早速狩りにと言いたいところだが、今夜はもう遅いし夕食にしよう」


 アキデンドに連れられ、皆屋敷のなかに入っていく。


 中に入ると、メイドが寝室まで案内してくれたが、当たり前のように一人一部屋用意されていることに、アイラはここも貴族の屋敷なのだなと謎の実感が沸いた。


 アイラは荷を下ろし、さあ夕食だとメイドに食卓まで案内してもらおうと思った矢先に、ジンウッドのことが頭に浮かぶ。


 あの男は、自分と食事をすることを避けていたし、アキデンドに紹介されたときも腫れ物のような扱いを受けたことを考えると、外であっても自分への対応を変えるつもりは無いのだろうと、アイラは考えた。


「すみません。もし出来るならでいいんですけど......」


 わざわざ貴族の社交の場を壊すつもりもなかったアイラは、メイドにあるお願いをした。


 食卓に一同が会す中、ベレイザがアイラの姿がないことに気がついた。


「あら? アイラさんは?」


「ああ。アイラさんは体調が優れないので、部屋で食事を取るそうだ」


「そうだったの......」


 アキデンドの言葉にベレイザは、露骨に面白くなさそうな顔をする。


 アキデンドは、心情を読み取るようにジンウッドの顔を見た。


 アイラの体調が悪いというのは、自分のせいで食事の場を暗くする必要もないと、彼女が気を使って言った嘘だった。


 大の大人に対してここまで気を回してやらなければならず、更にはここにいる間はずっとこんなことをしなければならないのかと、アイラは今更ながらにここに来たことを後悔していた。


 気晴らしに外の景色でも眺めようかと、窓から顔を覗かせるが、真っ暗でなにも見えず仕方なくベッドに横たわると、一人暇を持て余していた。


 そこへ、部屋の扉をノックする音とともに女性の声が聞こえてくる。


「アイラさん、ベレイザです。宜しいですか?」


「はい! 大丈夫です!」


 予想外の訪問者に、アイラは飛び起きると、横になってグシャグシャになった髪を手グシで整える。


 そっと扉が開かれ、ベレイザが遠慮がちに中に入ってくる。


 同じ貴族の娘であるキースとは対照的に、彼女は令嬢を絵に描いたような姿で、腰の辺りまで延びた金の髪が艶やかに光を放っている。


 アイラが、ベレイザの姿に見とれていると彼女が心配そうに声をかけてくる。


「体調が優れないと聞きしましたが、大丈夫ですか?」


「あ、ちょっと長く馬車に揺られてて、酔っちゃったみたいで。でも、そんなに悪くないですから、寝ればすぐによくなると思いますよ! あはは」


 本気で心配するベレイザに、アイラは申し訳なく思った。


「良かったぁ。てっきり私、とても酷いのかと思っていたから」


 アイラの言葉に、ベレイザの顔が明るくなる。


「そんな心配してもらう程のことじゃないですから」


「そうですね。顔色もいいみたいですし安心しました」


 と、ベレイザの視線がアイラから何かに移り、途端に目を輝かせる。


 ベレイザは、アイラに構わず壁に立て掛けられた杖を手に取った。


「わぁ~! これ、アイラさんの杖ですか?」


「そうですけど」


「いいないいな! やっぱり、魔術師の学校に行くくらいですから、国から杖が貰えるんですね」


「いやぁ、それは先生から貰ったもので、国からのじゃないんですよ」


「先生ということは、どこかで魔術を習われていたのかしら?」


 その質問に、ベレイザが自分達のような魔術師のことをジンウッドと同じように考えているかもしれないのに、余計なことを口走ってしまったアイラはと思った。


「ま、まぁ。正式ではないですけど、魔術師の先生に魔術を教わってまして」


 アイラは恐る恐るベレイザの表情を伺うと、予想に反して羨望の眼差しを向ける彼女の姿があった。


「その話本当ですか?!」


「え、ええまあ」


「すごいわすごいわ! それなら、魔術も使えるのかしら?」


「そりゃまぁ」


 まるで子供のようにはしゃぐベレイザに、アイラは悪い気がせず少し得意気になる。


 と、ベレイザは、咳払いをして冷静になると、椅子に座ってアイラと目線を合わせる。


「実は、お願いがありまして」


 含みを持たせた物言いにアイラは身構える。


「な、なんでしょうか」


「私に、魔術を教えて頂けませんでしょうか!」


 ベレイザは、前のめりになると、アイラの手を掴んだ。

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