第28話失態

 自分の疑問について、キースからヒントを貰ったアイラは、晴れやかな気持ちで自室に戻るとイルゲンから貰った杖を見つめていた。


「神様から貰った力かぁ」


 そんなことを呟きながら、昔イルゲンから聞いた話を思い出す。


「先生はなんで魔術師になろうと思ったんですか?」


 以前にアイラは、そんなことを聞いたことがあった。


 すると、イルゲンは少し困ったような顔をして頭を悩ませる。


「どうしてだろうね」


 そう言って笑って誤魔化す。


「え~なんですかそれ。人を魔術師に誘っておいてそれは無いんじゃないですか?」


「ごめんごめん、そう怒らないで。でも、本当にそうとしか言いようがないんだ。農家の子供が後を継ぐように、貴族の子供が貴族になるように、魔術が使えた私は、気がついたら魔術師になってたんだ」


「そんなことってあります? ただでさえ国に隠れて魔術を使うのは危険なのに」


「そんなものだよ。人間なんて流れに身を任せて生きているだけで、理由なんてものは後からついてくる。そう思うんだ」


「でも、私にはちゃんと『世界一の魔術師になる』て理由がありますけどね」


「あはは、そうだね。そう言う人間は、少ないものだよ。だけどね、アイラ。理由はなんであれ、この力は人を傷つけるものだから、それだけは忘れないで」


「それくらい分かってますよ。見ててください、技も力も使いこなす世界一の魔術師になってみせますから!」


「楽しみにしているよ」


 そんな自分を見つめるイルゲンの顔が、アイラにはどこか寂しそうに見えた。


「そうだよ。世界一の魔術師になるんだったら、こんなことで負けてられない」


 アイラは、そう自分を鼓舞すると、杖を掴んで部屋を飛び出した。


 杖を担いで廊下を走っていると、すれ違ったドレッタがアイラに声をかけてきた。


「そんなに急いでどこに行かれるんですか」


「ちょっと森に!」


「はい?」


 首を傾げるドレッタに構わずそのままその場を走り去るアイラ。


 ドレッタは、アイラがまた何かやらかす気なのではないかと嫌な予感を覚え、慌てて後を追いかけ始める。


 アイラは、勢いをそのままに屋敷の門を飛び出すと、道路脇から森へ入っていく。


「この辺でいいかな」


 そう呟くと、一本の木に目をつけ距離を取ると両手で杖を振り上げる。


「火炎術式・紅蓮突き!」


「止めてください!!」


 アイラの声にドレッタの叫びが被さる。


 驚いたアイラは、魔術の発動を止め振り返ると、ドレッタが息を切らしながらも鬼の形相を浮かべていた。


「何をしているんですか貴女は!」


「魔術の練習をしようと思って......」


「いい加減にしてください! こんな森の中でそんなものを使ったらどうなるか分からないんですか?!」


「だ、大丈夫ですよ。生木なんてそうそう燃えないですし」


「万が一燃えて火事にでもなったらどうするつもりですか! とにかく、魔術の練習は中止してください」


「そんなぁ」


 折角やり気になったところだったアイラは、肩を落として落胆する。


「ダメなものはダメです! それと、ここにいる間は魔術を使用することも禁じます」


「ちょ、ちょっとそれはいくらなんでもやりすぎな気が」


「やりすぎなものですか! いいですか、私の使命はお屋敷を守ることです。いくらアイラさんと言えど、お屋敷に危険を及ぼす可能性があるのなら、見過ごすことは出来ません」


 ドレッタの鬼気迫る様子に、アイラはそれ以上なにも言えなかった。


 幸いなことに杖を没収されるまでのことはされなかったが、魔術の使用を禁止され、アイラは一人失意に陥っていた。


 夕食の席でブラッドとキースは、ドレッタからの報告を聞いて笑った。


「笑い事ではありませんよ!」


 使用人の立場でありながら、本気で心配しているドレッタはついつい口調が強くなる。


「ごめんごめん。でも、まさかそんなことになってるなんて思わなくって」


「ドレッタさんも大変だったね」


「全くです!」


 笑う二人と肩を怒らせるドレッタに囲まれ、アイラは一人小さくなっていた。


「ごめんなさい。私、別に火事を起こそうとそんなこと思ってた訳じゃなくて」


「大丈夫、そんなの分かってるから。でも、魔術師を目指すのならもう少し気を付けないとね」


 キースが優しくアイラに声をかける。


「そんなに魔術の練習がしたいなら、キースが見てあげればいいんじゃないかな」


「いいわねそれ」


「本当ですか?!」


 思ってもいなかった提案に、アイラは驚きとともに思わず笑顔をこぼす。


「いけません! あんな危険なことをしておいて、魔術の練習などさせるわけにはいきません」


「大丈夫よ。私がしっかり見てるから」


「お言葉ですが、お二人ともアイラさんに優しすぎます。キース様が信用できないわけではありませんが、舌の根も乾かない内にそんなことを許せば、アイラさんのためにもなりません!」


 いつになく強情なドレッタに、ブラッドもキースも口を挟む余地がなかった。


「まぁ、ドレッタさんの言うことも一理あるし、残念だけど魔術はしばらくおあずけだね」


「分かりました......」


「そうしょげないで。良い子にしてたらそのうちドレッタが許してくれるわよ。ね、ドレッタ?」


「今後のアイラさん次第ですね」


 アイラは、夕食の味がしなかった。

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