第27話責任
そんなことをぐるぐると考えているうちに、アイラの足は自然とキースを探していた。
すると、向こうからやけに肩を張って歩いてくる人影が見え、それがルドウィンであると分かると彼もアイラを認識したようで近寄ってくる。
「おはようございます」
「おはようございますアイラさん。昨日は大変申し訳ございませんでした」
「本当に気にしてないですから、もう謝らないで下さい。その、やけに張り切ってますけど、どうしたんですか?」
「これから旦那様のところへ謝罪に伺うのです。そう決めたからにはクヨクヨしていられませんから」
「ああ、それで」
「では、失礼致します」
そう言って通りすぎるルドウィンを、アイラは心配になってこっそり後をつけることにした。
ジンウッドの部屋の前で立ち止まるルドウィンを遠巻きに見つめていると、彼が中に入ったのを見計らってそっと扉に耳をつける。
「何の用だ?」
ジンウッドの声が聞こえる。
「昨夜のことについて、謝罪に伺いました」
「昨夜?」
「はい。実は、昨夜旦那様のところへアイラさんを給仕に行かせたのは私なのです。それも、旦那様と不仲であると知っていながら......! 私の身勝手な行動で旦那様にご無礼を働いてしまいました。使用人失格です。こんなことで許されるとは思いませんが、使用人として出直すためにお暇を頂きたいのです」
しばらくの間ジンウッドからの返事はなかったが、ルドウィンは答えを待っているらしく黙ったままである。
「実はな、私には昨夜の記憶がない」
耳を疑うような言葉がジンウッドから発せられ、思わずアイラは口を開きそうになる。
それでも、ルドウィンは黙って聞いている。
「だいぶ酒を飲み過ぎたらしく、酷く酔ってしまったのだ。昨夜の記憶がないのならお前が何をしでかしたのかも分からないし、俺にはお前に暇を出す理由がないと思わないか?」
「それは......」
「もし、恥ずべきことをしたのであれば、失敗した分だけここで働いて返せ。俺からは以上だ」
「承知、致しました」
アイラは、さっと扉の横にはけると丁度ルドウィンが中から出てきて目があった。
「もう少し、こちらでお世話になることになりました」
そう言ってルドウィンは、アイラに微笑んだ。
「良かったぁ! 良かったですね!」
アイラは、内心自分のやらかしで彼が首になったらと気が気ではなかったので、この結論はアイラにとっても喜ばしいことであった。
喜びも束の間、アイラは当初の目的を思い出す。
「そうだ! ちょっとお聞きしたいんですけど、キースさんて今どこにいるか分かりますか?」
「キース様ですか。もしかしたらお部屋にいるのかもしれません。ご案内致します」
ルドウィンに連れられキースの部屋につくと、彼がノックをする。
「どうぞー」
キースの声が聞こえ、中に入る。
「失礼致します。アイラさんが用事があるとのことでお連れしました」
「アイラちゃんが?」
「実はキースさんに聞きたいことがあって」
そう言ってアイラはルドウィンに視線を向けると、察したらしく彼は部屋を出ていった。
「どうぞ、座って」
アイラは、椅子に座ると物珍しそうに部屋の中を見渡す。
「何か珍しいものでもあった?」
「あ、いえ。魔術師の部屋にしては、綺麗だなと」
貴族の部屋らしく大きなベッドに装飾の施されたテーブルが置いてあり、壁には花畑が描かれた絵画が飾られている。
だが、ここには魔術師が読むような本もなければ杖の一つも見当たらず、アイラの目には綺麗すぎるように見えたのだ。
「あーそういうこと。たしかに、魔術師の部屋にしては寂しすぎるかもね。昔はもっとごちゃっとしてたんだけど、宮廷魔術師になったタイミングで必要な荷物は全部王都に持っていったの」
「ああそれで」
「もしかして、本当に魔術師なのか疑われてるのかな?」
キースがからかうように笑顔を向ける。
「いや、いやいやそんなことは全然!」
「冗談よ冗談。それで、話っていうのは何かな?」
「実は、お聞きしたいことがありまして」
「私で答えられることならいいけれど」
「キースさんは、魔術師としての責任とか義務について考えたことってありますか?」
アイラから意外な質問をされ、キースが一瞬驚いたような表情をした。
その反応に、アイラは自分が何か不味いことを質問したのかもしれないと思い、咄嗟に謝った。
「ごめんなさい変な質問でしたよね」
「いやそうじゃないけど。やっぱり昨日父さんに言われたこと、気にしてるのね。あんなの酔っぱらいの戯れ言なんだから、そこまで気に病まなくてもいいんだよ」
「そうじゃないんです。ジンウッドさんに言われて、魔術師の力には責任と義務が生じるっていうのは確かに一理あるなって思ったんです。でも、実際に自分に置き換えて考えてたら、自分が考える責任と責務てなんなんだろうって分からなくなっちゃって」
「それで、他の魔術師はどう考えてるんだろうって聞きに来たわけね」
「そうです」
「責任と義務ねぇ」
キースは、そう呟くと目を瞑って考え始める。
「私も宮廷の魔術師になって日はまだ浅いし、そんな大層なことは言えないけれど、神様に恥じない行いをしなければならないってことかな」
「どういうことですか?」
アイラが首をかしげる。
「魔力は神によって授けられたものであるって考え方があって、私も少なからずそう思ってる。神様に貰った力で悪さなんて出来ないし、自分の力を通して神様が見られるなら、相応しい行動をしなくちゃってそう思うの」
宗教から遠ざかって暮らしてきたアイラにとっては、新鮮な考え方だった。
「神様なんて見たことないし、バカらしいって思うかもしれないけど、私はそれを大切にしてるかな」
「そんなこと思いませんよ!」
「ありがと。こんな話で良ければ参考になればいいけど」
「正直、まだ答えは見つけられてないですけど、いつか見つけられるように探してみます」
「信念があれば、何かに躓いたときにそれを乗り越える強さになるから、焦らずに探してみて」
そう言うとキースは静かに笑った。
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