第26話寝坊
翌朝、いつものようにドレッタがアイラを迎えにいくが、ノックをしても返事がない。
「アイラさん? ドレッタです」
心配そうに声をかけ、ドアノブに手を掛けると小さな声が返ってきた。
「ごめんなさい~。もう少し寝かせて下さい」
「体調が優れませんか?」
「違うんですけど、違わないような」
曖昧な言葉にドレッタは、きっと昨日の騒動で心身ともに疲れてしまったのだろうと思い、それ以上は追求しないことにした。
「では、朝食の時間に迎えにきますので」
「ありがとうございます~」
ドレッタはそっとその場を後にした。
中庭では、いつもならいるはずのアイラの姿がないことに、ブラッドが不思議に思っていた。
「いないですね」
「何がだ」
「いや、アイラさんが」
「......それがどうした」
ジンウッドは、やや強い口調で言い捨てると剣を構える。
「集中しろ」
「すみません」
その後、二人の鍛練が終わってもアイラが出てくることはなかった。
朝食の準備が整い、ドレッタは約束通りアイラを呼びに行く。
「朝食の用意が出来ました」
「う~ん」
微かにアイラの唸り声が聞こえる。
ああ、これは相当参っているのだな、ドレッタはそう思いそれ以上声をかけなかった。
食卓に戻ったドレッタからアイラが起きないことを聞き、ブラッドとキースの表情が暗くなる。
「きっと、昨夜のことで相当堪えているのだと思います」
「そっか......」
「僕が行って起こしてこようか」
ブラッドが席を立つとキースから待ったがかかる。
「ダメよ。もしかしたら、あんなことがあって外に出るのが怖いのかもしれないし、無理はさせられない」
「それもそうだね。ドレッタ、悪いんだけど頃合いを見てもう一度声をかけてみて。それでもダメだったらまた考えるよ」
「承知致しました」
朝食も終わり、流石にもういいだろうとドレッタがアイラの部屋に行く。
「アイラさん、起きてますか?」
だが、返事はない。
「入りますよ」
これ以上放っておくことも出来ず、呼び掛けながらそっと扉を開けると、ベッドの上で布団にくるまるアイラの背中が見えた。
もしや体調が悪いのではないかと心配しながら、ゆっくりと近づき顔を覗き込むと、アイラが大口を開けて爆睡していた。
ドレッタは、軽く咳払いをして自分の存在を気付かせようとするが、全く起きる素振りがないため体を揺さぶって声をかける。
「アイラさん。アイラさん」
と、ドレッタの声に反応してアイラは瞼をバッと開くと、上半身を跳ね上げるようにして起き上がり窓の外をみた。
「外が明るい」
「おはようございます」
声に反応してドレッタの方を見る。
「あ! おはようございます!」
「......お元気そうですね」
「これだけ寝ましたからね! 一日中体を使って仕事をするなんて初めてだったから、ついいつもより遅くまで寝ちゃいましたけど、もうバッチリです!」
「そうですか。それはなによりです」
アイラは、ドレッタが何故不機嫌そうな顔をしているのか分からず、心当たりを探してキョロキョロと周りを見る。
それでも思い当たる節がなく、意を決してドレッタに聞くことにした。
「あのー、私何かしました?」
「いいえ何も。こちらが勝手に勘違いをしただけなのでご心配なく」
「はぁ」
「ああ。それと、朝食はもう終わりましたので」
冷たく言い放たれたドレッタの言葉が、アイラを絶望させる。
「え! え、え。じゃあ、晩御飯に続いて朝御飯も抜きってことですか?!」
「そうなりますね」
その瞬間、アイラは全身の力が抜けるのを感じ、ベッドに倒れた。
「お昼御飯になったら起こしてください」
「だめです。何もないのであれば起きてください! 皆様心配されてるんですから」
「心配?」
「行けば分かります」
訳も分からず押されるようにしてブラッドとキースのもとに運ばれる。
リビングでくつろいでいた二人は、アイラの姿を見るや否や立ち上がり、アイラを囲った。
「大丈夫? 調子が悪かったりしない?」
「まだ辛いなら部屋にいてもいいんだよ」
二人してどうしてそんなに心配しているのか見当もつかず、助けを求めるようにドレッタに視線を送る。
ドレッタは、仕方ないなといった感じで理由を説明した。
「お二人は、アイラさんが昨日のことで塞ぎ込んで部屋から出てこないのではと心配されていたんです
」
アイラはその言葉が事実であるか確認するように、二人に視線を戻す。
「そうなんですか?」
「そうよ。本当に心配したんだから」
アイラは、ここでようやく自分の寝坊があらぬ誤解を産んでいることに気がついた。
「いや、いやいや待ってください! 昨日のことなんて全然、全く、これっぽっちも引きずってませんから!」
「え?そうなの?」
アイラは激しく首を縦に振って肯定する。
三人の間に沈黙が流れ、なんとも言えない気まずい空気が漂う。
「あ、そうなんだぁ。あはは、ごめん勘違いしちゃって」
「メイドさんの仕事で疲れすぎて寝坊してただけですから」
「そっか。そうだよね疲れるもんね」
ひとしきり微妙な空気を堪能して、アイラはそそくさと逃げるようにその場を後にした。
自室に戻り、机に向かうアイラは、先程の会話で一つだけついた嘘について考えていた。
それは『昨日のことを全く引きずっていない』ということである。
「魔術師としての責任か」
ジンウッドが昨夜語った『魔術師として生じる責任と義務』について、アイラは思い返していた。
今までも、イルゲンの下で自由気ままに魔術を習ってきたアイラにとって、魔術師の持つ力には責任が生じるという考え方は新鮮であった。
魔術師として成長すればするほど、それに伴って成長する力に責任が生じるのは、当然と言えば当然で、グリースは力を持つ者の義務として民のために戦った。
その立場を引き継ぐ者として、自分の持つ力にどう向き合えばいいのか、自分の目指す『世界一の魔術師』とは一体なんなのか、アイラは答えを求めてひたすらに考えた。
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