第25話傷は深く
「大変申し訳ございませんでした!」
ドレッタに連れられ、アイラが自室に戻ると、いの一番でルドウィンが頭を下げる。
「ルドウィンさんのせいじゃないですよ」
「いえ、違うのです」
ルドウィンが頭を下げたまま、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「アイラさんを旦那様の部屋に送れば少なからず問題が起こるだろうと、私は知っていた。にも関わらず貴女を送り出したのです」
「どういうことですか?」
ルドウィンは、ゆっくりと顔を上げてアイラの目をまっすぐに見つめる。
「貴女のやる気を焚き付けるのが目的でした。旦那様に一言二言嫌みを言われれば、より一層見返してやろうという気持ちが湧いて、後押しになると思ったのです」
「つまり、善意ではあるけど揉めることは予想していたということですか」
「その通りです。それがまさか、あんな大事になるとは思ってもおらず」
ルドウィンの顔が後悔の念に染まり、彼はもう一度深く頭を下げた。
「これも全て私の慢心が招いたこと。今回の件については、誠に身勝手ではございますがどうか旦那様を責めるようなことはせず、私の首をもって許しては頂けないでしょうか」
「首って、やめるってこと?!」
「勿論でございます」
予想だにしなかった発言に、隣で聞いていたドレッタも流石に口を挟む。
「ルドウィンさん。お気持ちは分かりますがどうかここは冷静に」
「至って冷静にございます。お客様であるアイラさん、そして忠誠を示すべき旦那様に対してこのようなことは許されません。そんなことも分からないひど驕ってしまった使用人などに居場所はありません」
「ちょ、ちょちょっと待って! 気持ちは分かりますけど、私は別に怒ってませんから。そもそも、ジンウッドさんと私が喧嘩をしているのは私達に問題があったからで、そのことで皆さんに迷惑をかけてるのは私の方なんですから」
「しかし」
「そ、それに! 辞めるだけで許してくれるかどうかは、ジンウッドさんが決めることじゃないかなあっと、思うんですけど」
アイラのその発言は至極真っ当であり、そんな当たり前のことにも思い至らなかったのかと、ルドウィンは言葉とは裏腹に自らが冷静でないのだと痛感した。
「そう、ですね。アイラさんの言う通りです。何故そんなことも分からなかったのか......」
それまでピンと張り詰めていた姿勢が崩れ、ルドウィンは肩を落とす。
「少し頭を冷やしてきます」
そう言ってルドウィンは、とぼとぼと部屋を出ていった。
二人だけになった空間で、気まずさを感じ二人して顔を合わせて苦笑する。
「ドレッタさんもこんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「いえ、気になさらないで下さい。それにしても、旦那様があんなに取り乱すなんて......」
アイラからすると、ジンウッドは粗野で乱暴な男といった印象しかなかったため、ドレッタの反応は意外なものであった。
「そうなんですか?」
「はい。奥様が亡くなられたときも、毅然とした態度でいられましたし、私がこちらに来てからあんな風になられたところは一度も見たことがありません」
そう言って、ドレッタは昔を思い出すように、視線を天井に向けると、何かを思い出したのかアイラに視線を戻す。
「いえ一度だけ。グリース様の訃報を聞いて、浴びるようにお酒を飲まれて暴れたことがありました。お酒には余り強くないので、普段はそんなに飲まれないのですが」
その話に、ジンウッドにハイペースでワインを注いだことを思い出し、騒動の発端が自分にあったのだと知ったアイラは、右手で目を覆った。
「あれかー」
「どうかしましたか?」
「あ、いや! なんでもないです」
両手を大袈裟に振って誤魔化す。
自分があんな挑発をしなければ、ルドウィンが責任を感じることもなければ、皆を騒動に巻き込まなくて済んだのだと、アイラは自分に落ち度があったことを痛感した。
「ルドウィンさん。本当に辞める気なんですかね」
「どうでしょうか。一日経たないことにはなんとも。ですが、明日もあの調子であれば恐らくは......」
「そうですよねぇ」
自分のせいでルドウィンが辞めることがあったとしたらと思うと、アイラは気が気でなかった。
「それでは、私はこれで失礼致しますので、アイラさんも今日は早めにお休みになってください」
「あ、はい。おやすみなさい」
今すぐどうこう出来る問題でないのも事実であり、アイラはドレッタの言う通り早々にベッドに入った。
だが、目を閉じてしばらくすると、眠気よりも空腹感に襲われ自分がまだ夕食をとっていないことを思い出した。
それからしばらくは、空腹を誤魔化して眠ろうとしたが、遂に我慢が出来なくなりアイラはベッドから起き上がった。
窓からの明かりを頼りに、壁伝いにキッチンを目指す。
きちんとした食事があるとは考えてはいないが、軽く口に出来るものがあれば、それでよかった。
と、廊下の先がうっすらと明るくなっているのに気がつき、興味本位で近寄ってみるとリビングの扉から明かりが漏れていた。
扉の隙間から中を覗くと、ブラッドとキースが見えた。
火の消えた暖炉の前で、難しい顔をして何かを話している二人の間に、ビスケットのような物が見える。
あれだけでも貰えないかと、アイラが部屋に入るタイミングを見計らっていると、二人の会話が聞こえてきた。
「あんなに酔っぱらうなんて、いつ以来だったかな」
「珍しいこともあるものね」
二人がジンウッドのことを話しているのだとすぐに分かった。
「グリース兄さんのこと、随分と参ってるみたい。まさかあんなに思い詰めてるなんて」
「普段は隠してきたんだろ。でも、それが今回のことで我慢が効かなくなったんだろうね」
「でも、父さんにも乗り越えて貰わないと。いつまでもああじゃ、公爵としてやっていけないし示しもつかないわよ」
「そうだけど、どうやって?」
ブラッドの質問に答える前に、キースは紅茶を一口啜る。
「狩りに誘われてるでしょ。その時にそれとなく相談してみたらいいんじゃない?」
「......あまり家のことを外に持ち出したくはないな」
「私達だけじゃどうしようもないのも事実じゃない。頼れるものはなんでも使わないと」
「そう、だけど」
だが、納得がいかないのかブラッドが思い悩むように視線を下に向ける。
と、その時ブラッドの視線が自分に向いたことに気がつき、アイラは急いで扉を閉め、自室へと駆けていった。
ブラッドは、立ち上がると扉の外を確認するが、アイラは既に影に隠れていた。
「どうかした?」
「いや、なんでもないと思う」
そう言ってブラッドは扉を閉めた。
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