第24話プライド
キャスター付きの配膳ワゴンに食事を載せ、アイラはジンウッドの部屋を目指す。
「なんでこんなことまでしなきゃいけないんだろ」
ぶつくさと文句を垂れながら、部屋の前で止まるとドアをノックする。
「食事を持ってきましたよ~」
やる気のない声で呼び掛ける。
「入れ」
アイラは、ドアを中途半端に開けるとワゴンで無理矢理押し退けるように部屋に入る。
アイラが入ってくるとは思っていなかったジンウッドは、メイドの格好をした彼女に一瞬思考が停止して釘付けになる。
「どうかしましたか?」
「いや。間抜けな声が聞こえたと思ったら、まさかお前だったとはな。メイドとして雇った覚えはないが?」
「ご心配なく。私も雇われた訳ではないですから。これはあくまでも鍛練の一貫です」
素っ気なく答えるアイラ。
ジンウッドは、今朝アイラにルドウィンが付き添っていたことを思い出し、大方彼の考えに違いないと納得する。
ジンウッドにじろじろと見られながら、アイラは部屋の真ん中に置かれたテーブルに、乱暴に食事を置いていく。
その置き方は、配置も何も考えられたものではなくジンウッドが眉をひそめる。
「粗野だな」
「何か言いました?」
「礼儀がなってないと言ったんだ。お前がどんなつもりでそんな格好をしているのかは知らないが、食事の配膳すらまともに出来ないとは。まぁ、卑怯な田舎者に期待する方が間違いか」
吐き捨てるように語るジンウッドに、アイラは顔をしかめる。
「食事を持ってきてあげただけでも感謝して欲しいくらいなんですけどね。皆さん揃って食卓で食べてくれれば、こんなことをしなくても済んだんですが」
「なに?」
ジンウッドの眉がピクリと跳ねたのを見て、アイラは更に言葉を続ける。
「まあ、どっかの誰かさんは、一緒に食事が出来ないほど卑怯な田舎者が怖いんだから仕方ないですよね」
そう言ってアイラは嘲笑う。
「お前、誰に向かってそんな口を!」
「えー、別に私は誰だなんて言ってないですけど~」
「このっ!」
ヘラヘラと笑うアイラに、ジンウッドは右の拳を振り上げかけるが、鼻で大きく息を吐いて冷静さを取り戻す。
「馬鹿馬鹿しい」
荒々しく席に着くと、アイラを無視して食事を始める。
それを見てアイラも用は済んだと部屋を出ようとするが、ジンウッドから待ったがかかる。
「どこにいくつもりだ」
「どこって、食堂ですけど」
「お前はメイドなんだろう?」
ジンウッドが空になったワイングラスを、ぐいとアイラに寄せる。
「はぁ?」
「どうやら礼儀もなければ常識もないようだな。まぁ、仕方ないか」
今度はジンウッドがしてやったりと嘲笑う。
頭に血の上ったアイラは、乱暴にワインボトルを掴むと、わざとビシャビシャと飛沫を飛ばしながらわざとグラスギリギリまでワインを注いだ。
「どうぞ」
無様に溢すか、はたまた犬のようにグラスに口をつけて啜るか、どっちに転んでも馬鹿にして笑ってやろうと、アイラはジンウッドがグラスに手を伸ばすのをじっと見守る。
だが、ジンウッドはグラスの足を摘まむと、スッと一滴も溢すことなく持ち上げグッと一息で飲み込む。
「どうした? 私の顔に何か付いているか?」
勝ち誇ったような目線をアイラに送る。
「いいえ、なにも」
思い通りにいかず、それどころか敵に花を持たせる結果にアイラは苛立ちを隠せない。
それを面白がるように、ジンウッドは再度空のグラスをアイラに寄せる。
今度はグラスに適量を注ぐが、ジンウッドが受け取ろうとしない。
「それで、終わりか?」
ジンウッドに挑発され、グラスに目一杯注ぎ直すが、勢い余ってワインが溢れてしまう。
アイラが急いで拭き始めるが
「しょうもない奴だな」
と、ジンウッドは鼻で笑いながらもう一度ワインを飲み干した。
「おかわりだ」
少し乱暴に差し出されたグラスに負けじとアイラがワインを注ごうボトルを持つ。
「ゆっくりでいいぞ。溢されちゃかなわんからな」
アイラは、ムッとしながらもそっとワインを注いでグラスを渡す。
それをまた勢いよく飲み干し追加のワインが出てきたところで、ジンウッドはようやく食事に手をつけた。
それからしばらくは大人しく食事をしていたが、段々と酔いが回ってきたのか顔が赤らみ、呼吸が荒くなる。
「なんだその目は?」
「はい?」
暇だったアイラは、ぼうっと部屋の内装を眺めていただけだったのだが、酔って気が大きくなったジンウッドに絡まれ始める。
「別に、部屋を眺めてただけですけど」
「いいや、その目は俺を馬鹿にした目だ」
「はぁ、そうですかね」
これが酔っぱらいの戯れ言であることがアイラには分かっていたため、話し半分に受け流す。
だが、その態度がジンウッドの癪に触った。
「全く。お前のような奴を魔術師として使わねばならなくなるとは、この国もずいぶん落ちぶれたものだよ」
これが挑発だと分かっているアイラは、反論したところで無駄と思い黙って話を聞く。
「分かるか? 魔術師とは本来それに相応しい努力と研鑽を積んだ者が、王に認められてやっと名乗れる、いわば勲章のようなものなのだ。それを、今まで田舎で引きこもっていたような奴が名乗るなど......」
ここでワインを一飲みにして、大袈裟にグラスをテーブルに置く。
「こんな戦争さえなければ、お前らのような奴は等しく縛り首なのだ! お前が今、そこに、立っていられるのは、王が情けをかけているからだと分かっているのか?!」
「はぁ、そうですね」
心にもない相槌を打ちながら、アイラはワインを注ぐ。
「いいや分かっちゃいない! 分かっているなら、少しでもその恩に報いろうと今だって魔術の練習の一つや二つしているはずだ。なのになんだその格好は!」
「格好は別にいいでしょ」
「いいわけあるか! 魔術師として戦場に行くことが何を意味するのか分かっているのか? 魔術師は国の誇りであり、国の希望なのだ。それをなんだ、礼儀も知らなければ学もないような奴が、国の代表面をしやがって」
「しょうがないじゃないですか。戦争に負けてるんですし」
「しょうがないだぁ? じゃあなんだ、俺の息子が死んだのもしょうがなかったって言うのか?!」
ジンウッドの拳がテーブルを強く揺らし、グラスが倒れワインがクロスを赤く染める。
「そんなこと、言ってないじゃないですか......」
「いいや、その目が、その目がそう言っている」
ジンウッドは、おもむろに立ち上がるとアイラにゆっくりと詰め寄り、後退りをするアイラにぶつかりワゴンが倒れ大きな音を立てる。
「言ってないですって!」
その時、騒ぎを聞き付けたブラッドがドアを開き、それに続いてキースが入ってくる。
更にはルドウィンとドレッタまでもが駆けつけた。
「父さん! 何をしてるんですか!」
「黙れ!」
止めようと近寄るブラッドを、ジンウッドは睨み付けて止める。
「息子は、王の、国の、民のために命をかけて戦ったんだ。何故だ? 与えられた魔術師という称号には相応の責任が生じるからだ。弱者を守る義務があるからだ! それなのに、戦争に負けたからと言って、お前らのような資格も自覚もない存在が後釜につくと言う!」
いよいよ壁際に追い詰められると、ジンウッドの両手が伸びアイラは目を瞑る。
そして、肩に強い圧迫感を覚え、アイラが目を開けると両手が彼女の肩を掴んでいた。
「なら、最初からそうであったなら、息子の代わりがお前でも良いと言うのなら、息子は、グリースは死ななくても良かったんじゃないか」
顔面をしわくちゃにして、アイラの肩に手を置いたままジンウッドが膝をつく。
「こんなのあんまりじゃないか。グリースを踏みつけるなよ、誰か、グリースの死は無駄じゃなかったと、言ってくれよ......」
そのまま下を向いて泣きはじめたジンウッドに、ブラッドとキースが優しく寄り添う。
ブラッドがアイラから彼を引き剥がし、椅子に座らせると、狼狽えるアイラにキースが呼び掛ける。
「ごめんねアイラちゃん。部屋の外に出ていてくれる?」
「で、でも」
「ごめんね」
謝るキースの目は、どこか寂しげであった。
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