第23話続・メイドは楽じゃない
「いつまで食べてるの?!」
食事を半分ほど平らげたところで、一人のメイドが顔を出した。
「いつまでって、さっき食べ始めたところなんですけど」
「そんなの知らないわよ。さっさと食器を洗わないと、午後の仕事に間に合わなくなるわよ! まぁ、私は構いやしないけど」
つい昨日まで客人だった私を、下っ端扱いするのがなんと上手なことかと、ブー垂れながらアイラは残りの食事をかきこんだ。
口を動かしながら、食器を急いでキッチンへ持っていくとら既にイルザ達が洗い物を始めている。
「アイラさん遅いよ!」
「ごへんなはい」
「やだ、まだ口に入ってるじゃない」
「はっへ~」
「あーもういいから。早く手伝って!」
木桶に張った水に食器を突っ込み、片っ端から洗っていく。
なぜ自分がこんなことをしなければならないのか、ルドウィンにもしや良いように使われているだけなのではと、アイラはそんなことを考えていると食器を洗う手に要らない力が入り、勢いよく地面に落として割ってしまった。
「あ、あ、ご、ごめんなさい~!」
「あちゃー割っちゃったか。仕方ない仕方ない。それより怪我はない?」
イルザが優しくアイラの手を取り、傷がないか確認する。
「私は大丈夫ですけど、お皿が」
「怪我がなければそれでよし。ドレッタ、塵取り持ってきて!」
「はいはい」
二人は慣れた手付きで割れた皿を片付けると、何事もなかったかのように仕事に戻る。
「慣れない内には良くあることですから。次からは気を付けてくださいねアイラさん」
叱られると身構えていたアイラにとって、ドレッタの態度は意外なほど優しいものであった。
「はい」
そのまま黙々と食器を洗い、今度は洗ったものを拭いていく。
仕事が終わる頃には、アイラの手先が疲労で震えていた。
だが、一息つく間もなく今度は庭の掃き掃除が始まる。
周りを森に囲まれた屋敷は、間に壁があるとは言え落ち葉が入り込み少しでも掃除をサボればたちまちに落ち葉が溜まる。
そのため、毎日の掃き掃除は欠かせないのだ。
そんな説明をドレッタから聞きながら、アイラはさっさと仕事を終わらせようと躍起になって手を動かす。
「あら、やけに張り切ってますね。この分なら早く終わりそうです」
「本当ですか!」
それを聞いて更に仕事の手が早くなる。
「鍛練に精が出てますね」
声の主の方を振り向くと、ルドウィンがニコニコしながら立っていた。
「ま、まぁ。これも見返すためですから」
鍛練のことなどすっかり忘れて、ただ仕事を早く終わらせようと考えていたアイラは、思い出したように取り繕う。
「この調子なら、追加の鍛練を加えても問題ないでしょう」
「へ?」
「ドレッタさん。庭の掃除が終わりましたら、洗濯物の取り込みも追加でお願いします」
「かしこまりました」
「え?え?」
「と、言うわけで、さっさと掃除を終わらせて次に行きましょう」
「えーー!!」
ようやく休めると思っていたところに、仕事を追加されアイラのモチベーションが駄々下がりする。
「アイラさん背筋背筋」
「ぐっ、すみません」
意地で掃除を終わらせ、今度は裏庭に干している洗濯物を取り込む。
取り込んだ洗濯物は当然畳まなければならず、そんなことをしている内に屋敷が長い影を作り始めていた。
「さて、洗濯物も終わりましたし」
と、ドレッタが一段落ついたような素振りを見せ、どうせ次の仕事が来るのだろうとアイラが身構える。
「少し休憩にしましょうか」
「え? 休憩、今休憩て言いました?」
「ええ。言いましたよ」
「いやったーー!」
一時的とは言え、労働から解放される喜びを全身で表現するアイラ。
そんな姿に、他のメイドがクスクスと笑う。
「どうですかアイラさん。鍛練の具合は?」
食堂で一緒になってお菓子をつまみながら紅茶を飲んでいると、横からルドウィンが問いかけてくる。
「いや、もうメイドさんの仕事ってホントに大変で、体のあちこちが痛いのなんのって」
「それは良かった。早速効果が出ているようですね」
「そうなんですかねぇ」
「そうなのです。体が痛いということは、それだけ普段使わない部分を使っているということ。それすなわち基礎訓練に他ならないのです」
ルドウィンが人差し指を突き出して得意気に語る。
確かに、体の痛みがまるで自分が強くなったような実感を持たせていると、アイラも感じていた。
だが、こんなことをして本当に鍛練になっているのかは、現段階では疑問しかなかった。
休憩を終え、今度は夕食の準備が始まる。
昼と同じように、ブラッドとキースの給仕をするのかと考えていたが、ルドウィンから思いがけない指示が出た。
「え? ジンウッドさんの食事をですか?」
「はい。このところ旦那様は一人で食事を取られていますから、お部屋まで運んで頂きたいのです」
アイラがジンウッドのことを良く思っていないことを、ルドウィンはよく知っているはずなのに、なぜそんな指示を出したのか、彼女にはその意図が全く分からなかった。
「まぁ、私は良いですけど。ジンウッドさんが嫌がるんじゃないですか」
「さぁ、それはどうでしょうか」
ルドウィンの意味深な笑みに、首を傾げながらアイラはジンウッドの部屋まで食事を運んでいった。
「良いのですか?」
横からドレッタがルドウィンに問いかける。
「何がでしょうか?」
「アイラさんの言う通り、旦那様はあえて距離を置いていますし、それなのに彼女をけしかけるようなことをして、問題が起こりませんでしょうか」
「まぁ。十中八九起こるでしょうね」
さらっと言ってのけるルドウィンに、ドレッタは耳を疑った。
「なら止めないと」
「いいえ。これで良いのです。これで」
ルドウィンの意図が全く掴めず、これから起こることを想像してドレッタは、忘れかけていた胃の痛みを思い出していた。
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