第22話メイドは楽じゃない

「おや、どうされましたかな。そんな驚いた顔をして」


「そりゃ驚きますよ! 頼んでもないのに急にメイドなんて、ジンウッドさんを見返すのに手を貸してくれるって言ったのにこれじゃ滅茶苦茶ですよ!」


「それは聞き捨てならないですね。これもその見返すために必要なことの一つなんですから」


 ルドウィンの言うことは何一つ理解できない。


「アイラさんの鍛練を拝見して分かったことが一つ、それは体の基礎が出来ていないということ。そんな状態では杖をいくら振ろうが、剣を思い通りに操ることなど出来ません」


「さっきちょっと見ただけでそんなこと分かるわけ」


「いいえ分かりますとも。なにせ、私もその昔剣を嗜んでおりましたから。さて、話を戻しましょう。そんな基礎が出来ていないアイラさんにぴったりの鍛練、それがメイドとして働くことなのです」


 妙に自信ありげに話すルドウィンに、アイラは話を最後まで聞いてから結論を出すことにした。


「いいですか。メイドの仕事というのは一見なんてことのない作業のようで、その実、全身を使った運動に近いものなのです。屋敷の掃除に食事の用意から雇用主のお世話、それに加えて公爵家のメイドとして相応しい立ち振舞いを求められます。それはまさに兵士の行う基礎訓練さながら! と言うのは少々大袈裟ですが、今のアイラさんにはきっと良い経験になるはずです」


 アイラは、ルドウィンの自信ありげな話し方に、あながち間違いではないではないような気がしてきた。


「まあ、一理あるような気もしないでもないような」


「ご理解頂けたようでなによりです。では、早速参りましょうか」


「ちょっと! まだ全部納得したわけじゃ」


 アイラの叫びは受け入れられず、ルドウィンに引かれドレッタには後ろから押され連れていかれる。


「と、言う訳で今日からしばらくこちらでアイラさんも働くこととなりましたので、どうか宜しくお願い致します」


 数人のメイドに囲まれ、アイラは観念したようにうなだれる。


「アイラさん! 何ですかその立ち姿は? スライブ家のメイドたるもの常に誰かに見られていると思って、背筋を伸ばさなければなりません!」


 だらしないアイラの佇まいに、ルドウィンから叱責が飛んでくる。


「私別にメイドになったわけじゃないし」


「何か言いましたか?」


「いえなにも」


 まるで背中に棒を入れたように、アイラは背筋を伸ばす。


「宜しい。では、先輩方の言うことをよく聞いて働くように。皆さんお願い致しますね」


 横に立っていたイルザが、アイラに笑顔を向ける。


「宜しくねーアイラちゃん」


「あはは、こちらこそお手柔らかに」


 だが、メイドの仕事はアイラが想像していた以上に大変なものであり、すぐにその顔から笑顔が消えた。


 広大な屋敷の掃除は、いくら人手がいると言えど一人当たりに任せられる範囲は広く、重労働である。


 廊下の掃除から窓の拭き掃除、それに加え各部屋の清掃と、ルドウィンの言っていた兵士の基礎訓練並みという言葉が、全く大袈裟な表現では無かったのではとアイラは思い始めていた。


「アイラさん、そこ拭き残してるよ」


「アイラさん! そのやり方だと水垢が残っちゃうから!」


「アイラさん! お水汲んできて!」


「アイラさん!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 飛び交う注意、叱責、指示に振り回されたアイラがついに叫び声を上げその場に座り込む。


「もう無理ぃ」


 自分の膝に顔を埋めるアイラの前に、ドレッタが立ち止まる。


「アイラさん大丈夫?」


「大丈夫じゃないです~。メイドさんの仕事がこんなに辛いだなんて......」


「そうね大変よね。でも、そろそろ掃除も一段落するから、もう少し頑張りましょう」


「......分かりました。もう少し頑張ります」


 ドレッタに差し出された手を掴み、アイラがフラフラと立ち上がる。


「それと、掃除が終わったら今度は昼食の準備があるからね」


 そう言ってその場を離れるドレッタに、アイラは驚愕のあまり体が動かなくなる。


「えぇーーーー!?」


 アイラの叫びが廊下に虚しくこだまする。


「こんな、こんなはずじゃ無かったのに」


 後悔の念を呟きながら、アイラはひたすらジャガイモの芽を取り続ける。


「アイラさん、それだと無駄に可食部も削っちゃってるから、もっと丁寧にやってね」


 明るく言いながらも、イルザの鋭い視線がアイラに突き刺さる。


「すみません気を付けます」


 アイラがボロボロになりながら一つジャガイモの芽を取り終わる内に、他のメイドは二つ三つと慣れた手付きで作業を終わらせていく。


 そんな光景に、アイラは一人劣等感を感じ、勝手に孤独を感じていた。


 食材の下ごしらえを終えた側から、今度はコックが作った料理を食卓へと運んでいく。


 それだけではない。


 メイド達とて食事をするため、使用人の食堂にどんどん料理を配膳する必要がある。


 ここまでやって、ようやく一息がつけるかと安堵したのも束の間、ブラッドとキースの給仕をするように指示を受け、アイラは食卓へと向かう。


「なにその格好!?」


 メイド姿のアイラを見て、二人が驚きの声をあげる。


「いやその、色々とありまして」


「私の提案にございます」


 アイラとの間にルドウィンが割って入る。


「ルドウィンさんの?」


「はい。アイラさんの思いに強く胸を打たれまして、何かご協力出来ないかと思い、基礎を学ぶためにメイドとして働くとこを提案させて頂いた次第です」


「へぇ、アイラちゃんがメイドをね。いいんじゃない、可愛いし似合ってるよ」


「えへへ、そうですかね」


「僕もそう思うよ」


 二人から誉められて、一時の間疲れを忘れることが出来たアイラであったが、二人の給仕を終え食堂に戻ると、その頃には料理はすっかり冷めてしまっていた。


 果たして、午後は何をやらされるのかと憂鬱になりながらアイラは冷めた食事を口に運んだ。

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