第21話ルドウィンの躾

 翌朝、アイラがいつものように部屋でドレッタを待っていると、ドレッタと共に見知らぬ紳士が入ってきた。


「おはようございますドレッタさん。あのそちらの方は?」


 アイラの視線に呼応して、ルドウィンがドレッタの前に出る。


「お初にお目にかかります。私、こちらで執事をさせて頂いておりますルドウィンと申します。以後お見知りおきを」


「はじめましてアイラです。宜しくお願いします」


 アイラは、多少困惑しながらも軽く会釈をする。


「実はドレッタからアイラさんの話を聞いて、若くして魔術師を目指されている貴女にとても興味が湧きまして、もしアイラさんさえ宜しければ本日一日同行させて頂ければと思うのですが。どうでしょうか」


 自分に興味があると面と向かって言われたアイラは、悪い気がせず照れ隠しに頭を掻く。


「まあ、私は別に構いませんけど」


「それは良かった。では、今日一日宜しくお願い致します」


 ルドウィンから差し出された手を握り、アイラは握手を交わす。


 いつものように杖を持ち出して中庭に出ると、アイラは素振りを始める。


 剣と違い、重心が先端にある杖は、下ろすのは安易だが振り上げるとなるとそれなりに力が必要になる。


 剣とは全く異なる性質のものを、型もなにも意識せずただ素振りを続けるその姿は、誰の目から見ても素人そのものである。


 それでも、これがきっと自分のためになると信じてアイラはただ只管に素振りを続ける。


「今日も懲りずにやってるのか」


 そんなアイラを遠巻きに見ていた二人の後ろから、ジンウッドとブラッドが声をかける。


「おはようございます旦那様、ブラッド様」


「今日はルドウィンさんも一緒なんだ」


「ドレッタさんに少々私の我が儘に付き合って頂いております」


「......なんでもいいが、仕事を疎かにするなよ」


「承知しております」


 そのまま二人は日課の練習を始める。


 しばらくアイラの素振りを観察し続けていた二人だが、これではいつもと同じだと感じたドレッタが我慢できずにルドウィンに問いかける。


「私が言うのもあれですが、このまま見ているだけでいいんですか?」


「まぁ、もう少し見ていれば分かりますよ」


 含みを持たせたルドウィンの笑顔を、ドレッタは信じるしかなかった。


 それから時間が経ち、いよいよアイラが杖を持ち上げることが出来なくなると、見計らったようにルドウィンが近づいていく。


「お疲れ様ですアイラさん」


「あはは、もう腕がパンパンで上がりませんよ」


 笑いながらルドウィンの前で腕を疲れをアピールするように腕を振るアイラ。


「そのようですね。それで、次は何をしましょうか」


「へ?」


 いつもならここで朝食の時間まで休憩しているアイラに、その言葉は予想外のものであった。


「おや、朝の鍛練はこれで終わりですか?」


「そのつもりでしたけど......」


「それはいけません」


 ルドウィンが、待ってましたと言わんばかりにアイラに顔を近づける。


「聞けばアイラさんは旦那様を見返したい一心でこのような鍛練をされているとのこと。しかし、公爵家の領主である旦那様は、それはもう血の滲むような鍛練を積まれ、その地位に相応しい姿でいられるよう努力されております。であれば、今のアイラさんの練習量は十分と言えません」


「そ、そうなんですかね」


 アイラの鼻にぶつかるような距離まてルドウィンが顔を近づけ圧をかける。


「そうなのです! このお屋敷の誰よりも旦那様のお側におりました私が言うのですから間違いありません。そんな旦那様を見返したいという貴女の気持ちと気骨に私は痛く感銘を受けております。どうでしょう、ここは一つ私に鍛練のメニューを考えさせて頂けませんでしょうか」


「そこまで言うなら」


 ルドウィンの圧に負けて提案を受け入れると、ルドウィンはアイラの手を強く握りしめた。


「では、早速追加の鍛練といきましょう!」


「えぇ?!」


 アイラは、ルドウィンの提案を受け入れたことを早々に後悔しながら、中庭を一人走っていた。


「な、なんでこんなことに」


「アイラさん! ペースが落ちておりますよ!」


「はぁい!」


 少しでも気を抜くとルドウィンから激が飛んでくるため、おちおちサボってもいられない。


 くたくたになりながら走るアイラを、笑顔で見つめるルドウィンに、ドレッタが疑問を投げ掛ける。


「ルドウィンさん、これは何をしているんでしょうか?」


「見ての通り、アイラさんを鍛えております」


「それは分かりますが」


 ルドウィンがアイラに感銘を受けているなどと言う話を、ドレッタは嘘であると知っているからこそ、彼の目論見が分からなかった。


「なに、すぐにでも分かりますよ」


 戸惑うドレッタに、ルドウィンはそう言ってニヤリと笑みを見せた。


 それから二人の監視のもとアイラは走り続け、いよいよ倒れるかと思ったその時、朝食が出来たとのことでようやく解放された。


 朝食の場にフラフラになりながら入ってきたアイラに、ブラッドとキースが驚く。


「どうしたのそんなに疲れて」


「いやちょっと、朝から張り切り過ぎまして」


「張り切るのはいいけど、あんまり無茶しちゃだめよ?」


「あは、気を付けます」


 口では笑いながらも、アイラの体力は既に底をついていた。


 朝食を終えアイラが廊下に出ると、ルドウィンが待ち構えていた。


「さあアイラさん行きますよ」


「行くって、どこにですか?」


「勿論、鍛練ですよ」


 ルドウィンに半ば強引に引っ張られながらアイラが連れてこられたのは、メイド達の更衣室であった。


「ではアイラさんこちらを」


 そう言ってアイラに服を押し付ける。


「では、ドレッタさん頼みましたよ」


「はい。じゃ、アイラさん着替えましょうか」


「着替えるってなにに?」


「それですよ、それ」


 アイラが受け取った服を指差す。


 流されるように受け取った服に着替えるアイラは、鏡を見て驚いた。


「これって、メイド服じゃないですか!」


「よくお似合いですよ」


「ありがとうございます。いや、いやいやそうじゃなくて、なんでメイドの格好なんかさせるんですか!」


「それはルドウィンさんから説明して頂いた方がいいでしょう」


 ドレッタに呼ばれルドウィンが入ってくる。


「サイズは問題なさそうですね」


「そんなことより、どういうことですかルドウィンさん!」


「まぁ落ち着いて。簡単な話です。これからアイラさんにはメイドの仕事をして頂きます」


 メイド服を着させられた時点で薄々感ずいてはいたが、それでも事態を飲み込めずにアイラは開いた口が閉まらなかった。

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