第18話厄介者
「そうだったんだ」
「申し訳ございません。どのような処遇も受け入れるつもりです」
すすり泣きながら顔を上げられないドレッタに、キースはそれまでの表情とは対照的に、優しく声をかける。
「顔を上げてドレッタ。アイラちゃんを思ってしたことなんでしょ。だったら、誰も責められないよ」
「キース様......」
「ただ、何かするなら事前に一言くらい相談して欲しかったかな」
「今後は必ずそのように致します」
自分のせいで、ドレッタが罰せられてしまうのではとハラハラしていたアイラだが、平和的に終わったことで胸を撫で下ろす。
だが、キースから厳しい目を向けられ、自分への追及が終わっていないことを思い出した。
「さて。で、アイラちゃんは何であんなこと無茶なことをしたのか教えてくれるなぁ?」
「いやー、それはその、ジンウッドさんが私に実力が無いことで怒っているなら、相手の得意なことでその実力を示せば、ギャフンと言わせられるんじゃないかなぁと」
キースは、呆れたように額を右手でおさえた。
「だからって、剣を振ったこともない子供が、経験者に勝てるわけ無いでしょ」
「分かってます分かってます! でも、どうしても見返してやりたくて、剣の素人が少しでも持ちこたえられたら、ジンウッドさんも多少は認めてくれるかなぁって」
「ん~。まぁ、今回のことについては、父さんに非が無いとは言えないし、アイラちゃんの気持ちも分かるけど。それでも、一歩間違えればあなた死んでたかもしれないんだから」
本気で心配しているキースの姿に、アイラは申し訳なさに右手で頭を掻く。
と、思い出したように後頭部が痛み、アイラは勝負の状況と怪我の場所が合致しないことを思い出した。
「あの、自分が負けたときのことをあんまり覚えて無いんですけど、あの後どうなったんですか?」
「それについては私から説明します」
鼻を啜りながらドレッタが顔を上げる。
「旦那様は、アイラさんの頭目掛けて剣を振り下ろしましたが、当たる直前でその手を止めたのです。しかし、旦那様の勢いに驚いたのか、アイラさんがそのまま後ろに倒れてたのです。そのときに後頭部を強くぶつけたようで、そのまま気絶してしまいました」
「えーー!?」
自分が剣に打ち負けたのではなく、勝手に転んで気絶したと知り、恥ずかしさでアイラの顔が赤くなる。
「流石に木剣と言えど、頭に直撃してたらもっと酷いことになってただろうし、父さんもそれが分かってたんだろうね」
「てことは、あんなに怒ってたのに私は本気で相手にされてなかったってことですか?」
「そうね」
「そんなぁ」
自分のことを認めてもらうつもりだったのが、それどころか相手に手加減されていた事実に、アイラは強く落胆した。
「実力もない相手に本気を出すわけないでしょ。たく、物事には順番てものがあるの」
「そうですよね」
「そう。これに懲りたらしばらくは大人しく」
「順番を踏めばいいんですよね!」
キースの言葉を遮って、アイラが何かを確信したように自信満々に声を上げる。
「え?」
「分かりました! 魔術を使うなら基礎から学ぶように、剣を持つなら素振りからってことですよね」
「いや、そうじゃなくて」
アイラは、キースの話しに聞く耳を持たず、自分の考えに囚われる。
「ドレッタさん! キースさん! 見ててください、私絶対にジンウッドさんに認められて見せますから!」
そう声高に宣言するアイラの姿に、キースはなぜ彼女があんな無茶なことをしでかしたのか察し、言葉を失った。
だが、このまま見て見ぬふりをするわけにもいかず、最低限の予防線を張っておくことにした。
「それなら、これだけは約束して。もうあんな危ないことはしないって」
「勿論ですよ!」
「勿論じゃなくて、私とドレッタに約束して」
真剣な眼差しを向けるキースに、アイラは少し冷静さを取り戻す。
「......分かりました。約束します」
「なら、よし。と、言うことでドレッタには暫く面倒をかけることになるけど、ごめんね」
「いえ、今度はきちんと見張っておきますので」
言葉とは裏腹に、まだこんなことが続くのかとドレッタは自分の胃が痛むのを感じていた。
アイラの謎の宣言のあと、ブラッドはキースからアイラが目を覚ましたことを知らされ、一人ジンウッドの部屋に向かっていた。
ブラッドは、部屋の前に立つと呼吸を整えてノックをする。
「父上、僕です」
やや間のあった後、中からジンウッドが呼び掛ける。
「はいれ」
ブラッドが中に入ると、ジンウッドは暗くなりつつある森を窓から眺めていた。
「......あの娘の様子は?」
ジンウッドは、振り返らずに尋ねる。
ブラッドは、ジンウッドからその話題が出るとは思っておらず、内心驚いた。
「先程目を覚ましたとキースから聞きました。後頭部を痛めているようですが、それ以外には特に問題はないようです」
「そうか」
「父上、なぜあの様なことをしたんですか。いくら気に食わない相手に挑発されたからと言って、子供相手に公爵がして良いことではありません」
それは息子から父に向けた言葉としては、強い口調であり、ブラッドの怒りの表れであった。
だが、ジンウッドはそれを受けてもなお、ブラッドを見ようとせず、黙って窓の外を眺め続ける。
「父上!」
ブラッドが返事を催促するが、ジンウッドはまだ振り返らない。
これ以上返答は望めないと考え、ブラッドは別の角度から攻めることにした。
「やはり、兄が理由ですか?」
ジンウッドの肩が僅かに動く。
「もしそうなら、彼女を敵視するのは間違いです。彼女達を魔術師として迎え入れることを決めたのは王であり」
「そんなのは分かっている!」
ジンウッドの叫びがブラッドの鼓膜を震わせる。
「分かっている、分かってるんだ。だが、もしもっと早く王がそうしてくれたなら、彼らのようや存在がグリースと同じ戦場にたっていたなら、息子は死なずに済んだんじゃないか。あの戦争で散った息子の命はなんだったのか。分かっていても、そんなことを考えてしまうんだ」
ジンウッドがブラッドに向き直る。
その顔は、涙を流していなかったが、悲痛に歪んでいる。
「親として、そう考えてしまうことも、間違いだと言うのか」
ジンウッドのその姿に、言葉に、ブラッドは何も言えなかった。
「......すまない。今のは忘れてくれ」
「父さん......」
ブラッドは、ジンウッドに歩み寄ろうとするが、それを拒否するように、ジンウッドはまた窓の外を見る。
「一人にしてくれ」
ブラッドは、踏み出しかけた足をとめ、黙って一礼すると部屋を出た。
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