第17話勝負
「勝負、だと?」
「はい!」
アイラのその返答に、聞き間違いではないと分かりジンウッドは兜を取る。
兜から現れたジンウッドの顔は、昨夜にも増して怒りに満ちていた。
だが、覚悟の決まったアイラには、そんなものは怖くなかった。
「私のことが気に食わないのは分かりました。ですが、ジンウッドさんの昨日の発言を許すことは出来ません。だから、勝負して私が勝ったら、私と私の先生に謝ってください」
「......勝負の内容は?」
「本当は魔術がいいんですけど、ジンウッドさんは魔術が使えないから、それでいいですよ」
そう言ってアイラが指差したのは、ジンウッドの持っている剣だった。
みるみるうちに、ジンウッドの額に青筋が浮き上がり、目は怒りに充血していた。
「アイラさん、流石にそれは無謀だよ」
見かねたブラッドの言葉に、アイラは首を横にふる。
「あれじゃないと意味ないんです。同じ舞台に立って勝たないと。それに、私は兵士になるんですから、どこかの誰かが言うように、剣の一つや二つ振れないとお話になりませんからね」
アイラの挑発した物言いに、ジンウッドの怒りが頂点に達する。
ジンウッドは、力任せに持っていた剣を地面に突き刺すと、表情をそのままにドレッタを見た。
「ドレッタぁ!!」
ジンウッドの怒りが、ドレッタの体を貫き屋敷全体に響き渡る。
ドレッタは、全身から汗が吹き出すのを感じながら、駆け足でジンウッドの側に向かった。
「も、申し訳ございません! すぐに連れていきますので」
ドレッタは、ジンウッドの顔を見ることが出来ず、頭を下げたまま謝った。
「違う」
「え?」
ジンウッドから出てきたのは、ドレッタの予想に反した言葉であった。
恐る恐る顔を上げると、顔を真っ赤にしながら口だけを笑顔に歪ませたジンウッドの姿があった。
「木剣を持ってこい」
「木剣、ですか?」
「そうだ。おい、小娘。お前の望み通り勝負してやる。だが、刃のない模造刀と言えど、生身で受ければ無事では済まん。そこで、特別に、木剣で勝負してやる」
ジンウッドのギラギラとした目がアイラに向けられる。
ジンウッドは、まるでアイラに配慮したようなことを口走っているが、模造刀だろうが木剣だろうが、生身で受ければ一溜りもないのは同じであり、ジンウッドが全力を出す口実に過ぎなかった。
「父上! 流石に父上のすることと言えど見過ごせません!」
ブラッドは、木剣が剣を習った男が握れば命を奪う武器になると気づいていた。
「黙れ! こんな小娘に舐められて黙っていられるか! そもそも、この勝負はこいつが仕掛けてきたことだ。俺はそれを受け入れてやってるのだから、責められる筋合いはない!」
怒りで暴走したジンウッドに、最早言葉は届かない。
「ドレッタ! 何を呆けている! 木剣を持ってこい!」
「しかし、それは」
「主人に楯突くと言うのか? いいから、持ってこい」
ドレッタはどうしていいのか分からず、アイラの方を見ると、アイラが頷くのを見て木剣を取りに屋敷へ戻っていった。
「アイラさん、流石にまずいよ。今ならまだ間に合うかもしれないから、僕と一緒に謝ろう」
「出来ません」
「たしかに、昨日の父の発言は許されるものじゃないけど、だからってこんなの間違ってるよ。木剣だからと言って、鎧も着けずに生身で受ければ只じゃ済まないんだよ?」
「分かってます。でも、負ける訳にはいかないんです」
「アイラさん......」
ブラッドの言葉を頑なに受け入れないアイラに、ブラッドはなす術がなくなってしまった。
そうこうしている内に、ドレッタが木剣を持ってきて二人に手渡す。
「俺も悪魔じゃあない。お前は、一太刀でも俺に打ればて勝ち。俺は、お前が参ったと言えば勝ち。これでどうだ?」
「それでいいですよ」
お互いに間合いを取り始める二人を見て、自分ではこれを止められないと思い、ブラッドはキースを呼びに屋敷へ走っていった。
「ドレッタ、合図はお前に任せる」
「わ、分かりました」
ジンウッドもアイラもお互いを真剣に睨み付ける。
ドレッタは、自分の合図一つで惨劇が始まってしまうことに恐怖し、試合開始を告げる口を震わす。
「はじめ!」
ドレッタの上ずった声と共に、ジンウッドが動く。
アイラは、まずジンウッドの動きを観察しようと考えていたが、そんな暇が与えられるはずもなかった。
鎧を着ているにも関わらず、アイラの予想を遥かに越える速さで、ジンウッドは距離を詰める。
呆気に取られたアイラが最後に目にしたのは、怒りの形相と共に振り下ろされる剣先だった。
アイラは、気がつくと天井を見上げていた。
朦朧とする意識の中、状況を把握するため起き上がった瞬間、後頭部に激痛が走り思わず頭を抱える。
後頭部は、触れば分かる程腫れ上がっており、触れば触るほど痛みが酷くなる。
「いった~!」
アイラが痛みを口にすると、それに呼応するように部屋の扉が開き、ドレッタが入ってくる。
「アイラさん! 良かった!」
ドレッタは、ベッドサイドテーブルに水と塗り薬を載せたお盆を置くと、ベッドの横にしゃがみこんだ。
「ドレッタさんここは?」
「アイラさんのお部屋です。あの時、頭を強く打って気を失ってしまったんですよ」
「てことは、負けちゃったんだ」
落ち込んだのもつかの間、正面から打たれたはずなのに、なぜ自分の後頭部が痛むのかアイラは疑問に思った。
「ねぇドレッタさん、私って」
と、アイラが疑問を口にしようとすると、今度はキースが部屋に入ってきた。
キースは、アイラが起きていることに気付くと、一瞬安堵の表情を浮かべるも、すぐに眉間にシワを寄せ、アイラに詰めよる。
「アイラちゃん! なぜあんなことをしたの? あんなことして、もしかしたら今頃死んでたかもしれないんだよ!」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃ分からない。ねぇ、どうしてあんなことをしたのかちゃんと教えて」
「私が悪いんです!」
叫んだのはドレッタだった。
「私が、私がアイラさんにあんな話をしたから」
「ドレッタさんのせいじゃないですよ! 私が勝手にやったことですから!」
「アイラちゃんは黙ってて。ドレッタ、話しなさい」
「はい」
アイラに何を伝えたのか、キースに話すドレッタの目には涙が滲んでいた。
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