第16話昔話

 ドレッタは、ポツリポツリと昔のことを話始めた。


「私がこちらでお世話になり始めた頃、お屋敷には旦那様と奥様、長男のグリース様と次男のブラッド様、長女のキース様がおりました。両親を早くに亡くし孤児だった私を使用人として仕立てたのは、奥様でした。『うちに来ないか』と。それからが大変で、お恥ずかしい話、使用人としてのイロハを知らない私は、メイド長から叱責される日々に毎日枕を涙で濡らしておりました。それでも今日までメイドとしてやってこれたのは、他でもない奥様のお陰なのです。仕事が出来ず落ち込む私を奥様はいつも励ましてくれました。そんな奥様は、口癖のように『愛は人を救うのよ』なんて、恥ずかしげもなく話してました」


 ドレッタが昔を思い出したのか、クスリと笑った。


「奥様の思いは、ブラッド様とキース様、それにグリース様にも受け継がれていました。お三方が幼い頃からお世話してきましたから、見ていれば分かります。あの頃は辛いこともありましたけど、幸せでした。ですが......」


 と、神妙な面持ちになるドレッタ。


「奥様が病に倒れ、病状はみるみるうちに悪化していき、まだ幼い三人を残して亡くなられました。その頃から、三人が悲しみを乗り越えるように剣や勉学に励むようになりました。特にグリース様は長男としての責務を感じていたのか、元々素養のあった魔術にのめり込むようになりました。その甲斐あって無事に魔術師として認めら、旦那もそんなグリース様を誇りに思われていました。それからしばらくは宮廷の魔術師として着実に実績を重ねられていましたが、そんな時にあの戦争が始まり、グリース様も前線に送られました。それからしばらくして、グリース様の死を伝える手紙と共に、身につけられていたペンダントが送られてきました」


 その話を聞いて、アイラはジンウッドが見せたあの顔が、グリースに向けられたものであることに気がついた。


「グリース様の死を知ってからの旦那様の塞ぎようは酷いものでした。奥様が亡くなられてから旦那様は、三人に寂しい思いをさせまいといつも気を張っておられましたから......。そんな最中、国が実質的に魔術師の敷居を下げるようなことをしましたから、息子の死を踏みにじられたと思っているのかも知れません。そんなことがあって、アイラさんにその怒りと悲しみが向いてしまったのだと、そう思うのです」


「どうしてその話を私に?」


「差し出がましい行為だとは思いましたが、知って頂きたかったのです。この家のことを、そして旦那様やお二人のことを」


 たしかに、アイラはドレッタの話を聞いて、ジンウッドが深い悲しみの中にいることを知り、同情した。


 だが、同時にアイラに向けられた怒りが理不尽なものであると知り、どんな理由があるにしろ浴びせられた罵倒が自分を深く傷つけたことに変わりはないと憤った。


「ありがとうございます。ドレッタさんが言いたいことは分かりました。だけど、やっぱり私はジンウッドさんを許せません」


「分かります。一度口を出た言葉は取り消せませんから、私も旦那様を許して頂きたいとはお願いしません」


「だから私決めました」


 アイラは突然ベッドから立ち上がり、胸を張ってドレッタに向き直る。


「ジンウッドさんに私の実力を認めさせて見せると!」


 突然の宣言に、ドレッタは困ったように首を傾ける。


「実力を、ですか?」


「はい! ジンウッドさんは、息子さんの後釜にこんなチンチクリンな娘が来たことを不満に思っているなら、実力で黙らせてやればいいんですよ!」


「は、はぁ」


 ドレッタは、アイラの予想外の反応に、戸惑いの声を出す。


 だが、アイラはそんな反応を気にすることもなく自信満々に続ける。


「ドレッタさん見ててくださいね! きっとジンウッドさんに認められて、ギャフンと言わせて見せますから!」


「いや、あの、別にそこまでは、やらなくても」


「よし! そう考えたらなんだか気が楽になりました! ありがとうドレッタさん!」


 ドレッタは、自分の話があらぬ方向にアイラを焚き付けてしまったと後悔し始めた。


 だが、落ち込んでいたアイラが元気になったのは事実であり、そんなアイラの気持ちに水を差すことは出来ず、苦笑を浮かべるしかなかった。


「げ、元気になったようでなによりです。では、私はこれで」


「はい! おやすみなさい!」


 ドレッタは、部屋から出ると廊下を歩きながら大きくため息をついた。


「どうしましょう。変なことにならなければいいけど、明日が怖いわ......」


 ドレッタの心配をよそに、アイラは明るい気持ちでベッドに入った。


 翌朝、ドレッタの不安が早々に的中することになる。


 アイラがなにかやらかしはしないかと、不安でたまらなかったドレッタは、いつもより早く起きるとアイラの様子を見に行った。


 しかし、既に部屋にアイラの姿はなく、どこに行ったのかと屋敷を歩き回っていると、中庭から声が聞こえ、ドレッタが中庭に飛び出すと、剣の訓練をする二人に向かうアイラの姿があった。


「おはようございます!」


 二人の邪魔をするように、アイラが大声で挨拶をする。


「おはようアイラさん。今日はまた随分と早いね」


 ブラッドが剣を振るう手を止めアイラの方を見るが、アイラはその横を素通りしてジンウッドの前に立ち止まった。


「なんだ。昨日の文句でも言いに来たか?」


「いいえ」


「ならなんだ。用がないなら戻れ。邪魔だ」


 兜の奥からでも感じられるほど、鋭い視線がアイラを見下ろす。


 そんな光景を目の当たりにして、ドレッタはアイラが何を言い出すのかと気が気ではなかった。


 アイラは、ジンウッドの視線に臆することなく一呼吸すると、ゆっくりと口を開く。


「私と勝負してください!!」


 『終わった』そんな言葉が頭に浮かび、ドレッタは呆然と立ち尽くした。

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