第15話理由
ジンウッドの瞳に明らかな敵意が宿る。
「嫌いなら嫌いで構いません。だけど、理由も分からず嫌われて仲良くなる機会も与えられないなんて、そんな悲しいことってないじゃないですか!」
「仲良くだと? 笑わせるな! 理由が知りたければ教えてやる。お前らは、グリスデンと戦争をしているときに何をしていた?」
「何をって......」
言葉を詰まらせるアイラを、ジンウッドが鼻で笑う。
「そう、何もしなかったんだ。戦場で、前線で! 国を守るために兵士が、魔術師が命を散らしている間、お前達は呑気にしてたんだ!」
「それは! 魔術師だってバレたら捕まっちゃうからで......」
「そんなのは言い訳にすぎん! お前の師匠は、教師役として国が目を付けるくらいだ、それなりに実力があるのだろう。ならば、正式な魔術師として認められ、戦場に出ることも出来たはずだ。それをしなかったのは何故だ?」
「そんなの、あなた達が魔術師の資格を独占してたから」
「黙れ! 国は、実力があると判断すればそれが誰であろうと魔術師として認めている。お前の師匠が資格を取らなかったのは他でもない。戦争から逃げたからだ!」
「そんな滅茶苦茶な......」
ジンウッドの荒唐無稽な決めつけに、アイラは言葉を失う。
ブラッドとキースから見ても、法律とは裏腹に国が一部の層にのみ魔術師の資格を認めているのは事実であり、ジンウッドが筋の通っていない話をしているのは明らかであった。
だが、怒り狂うジンウッドをこの場にいる誰も止めることが出来なかった。
「それなのに、今になってこんな。最初から、最初からこうしていれば、あいつは......」
と、ジンウッドの怒りの中に悲哀の色が混じり、何かを思い出すように両手で顔を覆う。
その姿に、先程までの怒りとは異なるものを感じ取り、アイラは戸惑いながら近づく。
「ジンウッドさん......?」
アイラの言葉に、ジンウッドはハッと顔を上げ瞳に憎悪の念を灯す。
「俺はお前らのような存在を決して認めんぞ! 精々短い余生を楽しむんだな。どうせお前らのような卑怯者は、戦場で使い物にならずに死ぬのがオチだろうからな!」
その言葉が、アイラの心を針のように貫いた。
アイラは、言葉も出せずただそっと涙を垂らした。
「父上、それはあまりにも言葉が過ぎます!」
「そうよ! 流石に言い過ぎよ!」
見かねた二人が、アイラを庇うように割り込む。
「お前達も自分の立場を弁えろ。本来、こんな奴とは話すことすら憚られるんだ」
ジンウッドは、二人の忠告をまるで聞き入れず、吐き捨てるように言い残すと自室へと戻っていった。
「ごめんねアイラちゃん。父さんの言うことは気にしなくていいから」
「本当に申し訳ない。父には後で僕から言っておくから」
二人に励まされ、アイラは涙を拭う。
「いえ。お二人が謝ることないです。こっちこそお騒がせしてすみませんでした」
自然と溢れでる涙を、何度も拭いアイラは声を振るわせる。
「ごめんなさい。私、今日はこれで失礼します」
そう言ってアイラは、足早に二人のそばを離れた。
「アイラちゃん......」
その背中を見つめる二人の顔は暗いものであった。
「父さん、やっぱり兄さんのことで......」
ブラッドが買ってきた品を片付けながら、唐突にそんなことを呟いた。
「そうね ......。でも、だからってあんな言い草は許されないわよ」
「うん。そうだね......」
同時刻、ジンウッドは自室にて手の平の黒焦げたペンダントを見つめていた。
「グリース......」
そう呟くと、ジンウッドはペンダントを握りしめた。
アイラはというと、窓際に椅子を置いて夜空を見上げていた。
ジンウッドが最後に見せたあの姿から、自分に向けられた怒りに言葉以上の意味が込められている、そんな風にアイラは考えていた。
たしかに、ジンウッドからすれば元々犯罪者である存在を受け入れなければならないのだから、そこに憤りを感じるのも分かる。
だが、それだけであんなに強い憎しみをぶつけることが出来るとは到底思えなかった。
とは言え、どんな理由があるにしろ、自分やイルゲンに向けられた罵倒を許すことなど出来るはずもなく、ジンウッドの言葉を思い出してアイラは悔し涙を流した。
「あーーー! やめやめ! あんな奴のせいで泣いてたまるか!」
暗い気持ちを無理矢理吹き飛ばすように、大声を出して椅子から立ち上がる。
と、部屋のドアを叩く音が聞こえ、慌てて口を塞いだ。
「アイラさん。ドレッタです。少し宜しいでしょうか」
「あ、はい! 大丈夫です」
部屋に入ってきたドレッタは、どこか思い悩んでいるように物憂げな顔をしていた。
アイラは、ドレッタに椅子を譲ると自分はベッドに腰かける。
「すみません。こんな夜更けに」
「いえいえ。私もなんだか眠る気になれなくって。丁度話し相手が欲しかったんで」
「やはり、旦那様のせいで」
アイラは、この時初めてあの言い合いをドレッタに見られていたことを知った。
「いえそんな。いや、そう、ですね」
ドレッタの前でジンウッドを悪く言うのを躊躇ひたが、結局認めてしまった。
「ジンウッドさんの言うことも分からなくはないんです。たしかに、戦争のことなんてどこか遠いところの話に感じてましたし、同じ国に住んでるのに当事者意識が無かったのも事実です。でも、決して逃げてた訳じゃないですし、あそこまで言わなくてもいいと思っちゃったりして」
ドレッタは、アイラをじっと見つめて話を聞いている。
「でも、ジンウッドさんに言われて、ああ、確かにそういう考え方もあるなって思ったら、ブラッドさんとかキースさんも同じことを考えてたのかもなんて想像しちゃって。二人には良くして貰ってますし、そんなこと無いって思うんですけど、もしかしたらもしかするかもとか、色々考えちゃって」
アイラは、何かに言い訳するように、早口になる。
すると、ドレッタがアイラの手を握った。
「ドレッタさん?」
「断言します。ブラッド様もキース様も決してその様なことは考えていないと」
「でも、そんなの分からないじゃないですか」
「分かります。お二人が幼い頃からお側におりましたから」
ドレッタは、アイラから手を離すと背筋を伸ばして椅子に座り直した。
「私の知るスライブ公爵家のことをお話致します」
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