第14話憎しみ

 ブラッド達と合流するため、市場を回っていると二人の目に怪しい露店を覗くブラッドの姿が映った。


「お兄さん。こいつはなかなか手に入る代物じゃないよ。今逃したら次はいつお目にかかるか分からないぜ?」


「うーん、そう言われると弱るな。だけどなぁ」


「に・い・さ・ん!」


 突然背後からキースに呼ばれ、ブラッドの肩が跳ね上がる。


「キース?!」


「また変なもの買おうとしてるんじゃないでしょうね?」


「いやいや、まさかそんな」


「ならよし。父さんも待ってるしそろそろ帰りましょ」


 キースが店から引き剥がしそうとブラッドの手を引く。


 しかし、店主も折角の獲物を逃すまいとブラッドを惑わそうとする。


「お兄さんいいのかい? こんな機会もう二度とないかもしれないぜ?」


「そ、そうだよなぁ」


「兄さん!」


「しかしだなぁキース。店の主人もこんなに良いものは滅多に出てこないと言うんだ」


「そう言って一体いくつガラクタを掴まされてきたのよ! いいから行くわよ!!!」


「あーーー!」


 力いっぱい引っ張られ、ブラッドが情けない声を上げながらキースに引きずられていく。


 その光景を見ていたアイラとドレッタは、顔を見合わせて二人して笑った。


 帰りの車中では、ブラッドが買いそびれた品について名残惜しそうにどれだけ素晴らしい物だったかを語っていたが、その話の全てをキースはことごとく否定した。


「そもそも、そんなに貴重なものがヒョイヒョイ市場で売られて堪るもんですか。大体、本当に価値のあるものだったら、もっと高値で買い取ってくれる場所に流れるわよ」


「そうかなぁ。ひょっとしたら何かの間違いで市場に流れることも」


「あるかもしれないけど、あんな両手いっぱいに抱えられるほど数があるわけないじゃない」


 ブラッドの納得のいかない様子に、キースはため息をつく。


「あの、ブラッドさんはああいう物が好きなんですか?」


 不満顔であったブラッドの顔が、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに明るくなる。


「勿論! あれはロマンの塊だよ! 一つ一つの品は一見すると何てことのない物に見えるけど、その裏に込められた思いと、それを形作るように掛けられた魔術が芸術の域に昇華させるんだ!」


 ブラッドに勢い良く捲し立てられ、アイラは思わず仰け反ってしまう。


 その横では、また始まったと呆れながらキースは窓の外を見ていた。


「そ、そうなんですね」


「たしかに、キースの言うとおり魔術の掛けられた品はそう多くない。それどころか殆ど無いと言って差し支えないほどだ」


 それを知っていながらなぜあんなに大量に買い付けるのかと、アイラは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 そんな考えがブラッドに届いたのかどうかは分からないが、疑問に答えるようにブラッドは力説を続ける。


「だからこそ! そんな逸品と出会うためには、少しでも可能性があるなら買わなければならないんだ。そして、そんな苦労の先に本物に出会えた時の気分と言ったら」


 そこで急に瞼を強く閉じブラッドは言葉を溜め、目をカッと見開く。


「何物にも変えがたい!」


 ブラッドが、こんなにも情熱的な感情を露にするところ初めて見たアイラは、ただただその熱に圧倒されていた。


 だが、それと同時に話を聞きながらアイラはあることを思い出していた。


「で、でも、魔術って基本的にはそう長い時間道具に留まることが出来なかった気がするんですが......」


 目の前の相手、しかも貴族に対して否定するようなことを言うのを躊躇いながら、アイラはおずおずと話す。


 そして、自分の知識が間違っていやしないかと不安になり、宮廷魔術師であるキースの反応を伺った。


「そう。魔術師の間じゃ当たり前の話よ。なのに兄さんたら全く聞く耳を持たないんだから」


 だが、そんなことは織り込み済みといった様子でブラッドは鼻をならす。


「たしかにそうかもしれない。だが、君達が出来ないだけで世の中にはそれを可能とする人物がいるかもしれない。それに、込められてるのは魔術だけじゃなく、作った者の情念だ。その二つが合わさった時に不可能は可能になる、僕はそう信じてる」


 まるで先ほど見てきた芝居の役者のような熱の入った弁に、アイラはもしかしたらそんなこともあるかもしれないと思ってしまった。


 だが、そんな話を普段からうんざりするほど聞き慣れているキースは、呆れたことを表情に出すことさえも面倒臭いといった様子で、ブラッドの言葉を右から左に聞き流す。


「宮廷魔術師の言うことが信じられないですか。あーそうですか。なら一生ガラクタを掴まされてればいいよ」


「そう拗ねるなって。いつか本物が手に入ったらキースにも見せてあげるから」


「見せなくていい!」


 アイラは、余計なことを聞いてしまったと後悔した。


 馬車が屋敷につく頃には、すっかり日も傾いていた。


 この日の夕食にも、やはりジンウッドは姿を見せなかった。


 夕食を済ませると、キースによるブラッドが買ってきた品の真贋判定が始まった。


「これは、ただの髪飾りね。これも偽物」


 容赦なく告げるキースだが、ブラッドはそれを楽しそうに聞いている。


「こいつは自信があるんだ。なにせ店の主人も見たことがないと言うくらいで」


 自信ありげにブラッドがテーブルに置いたのは、猫の置物だった。


「見ろこの可愛いらしい顔。これを作った者はきっと相当な腕の持ち主で」


「だめね。魔術の気配が全くしない」


 キースは話を途中の途中でバッサリと告げる。


「あはは、偽物だったか」


「どうしてそんなに楽しそうなんですか? 偽物を買わされたんだからもっと怒ってもいいのに」


 ブラッドの態度にアイラが疑問をぶつける。


「そりゃ本物に越したことはないけど、こうやって世の中から偽物が一つ消えることで、着実に本物に近づいてる、そんな気がするんだ。それに、趣味は楽しくやらなくちゃ」


 と、部屋のドアが開く音が聞こえ、三人はドアを見るとジンウッドが顔を覗かせていた。


 アイラに緊張が走った。


「なにを騒いでるのか見に来てみれば、ブラッド、お前またそんなに買ってきたのか」


 ジンウッドの反応といい、ブラッドの趣味は家族の間でも良く思われてはいなかった。


 アイラはジンウッドと目があった。


 そして、ジンウッドはため息をつくと


「あまりそんなものに入れ込むなよ」


 と言い残し部屋を出ていった。


 二人にはそれがブラッドのガラクタを指した言葉に聞こえたが、ただ一人アイラにはそれが自分に向けられた言葉であることが分かった。


 ショックだった。


 たしかに、ただの田舎者が貴族の屋敷をうろついていることが気に食わないのは分かる。


 しかし、だからと言ってあんな言葉を掛けられて黙っていられるほど、アイラはお人好しではなかった。


 アイラは、部屋を飛び出しジンウッドの後を追う。


 何事かとブラッドとキースが廊下に出たとき、アイラはジンウッドを呼び止めていた。


「あの!」


 アイラに気づいたジンウッドは、ただ冷たい視線を送る。


 ジンウッドの突き放すような視線に、アイラは怯んでしまうが、それでも言葉を振り絞る。


「な、なんであんなこと言うんですか? 私が何かしたなら謝ります。気に入らないところがあるなら治します。だから、どうして私を嫌うのか教えてください!」


 その言葉に、ジンウッドは顔を歪ませながら笑い声をあげた。


「分からんか。分からんのだな。だからお前らのような奴は嫌いなんだ!」

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