第13話劇

「私達はこれから芝居を見に行くけど、兄さん達はどうする?」


「あー、それが、一緒に行きたいのはやまやまなんだけど」


 ブラッドがドレッタをチラッと見る。


「キース様。申し訳ございません。まだ日用品の買い出しが済んでおりませんので、残念ですがご一緒することが出来ません」


 それを聞いてキースは、ブラッドを睨み付ける。


「兄さん! もしかして、自分の買い物を優先してドレッタを連れ回してたの?!」


「いや、決してそんなことは」


 と、ブラッドは助けを求めるようにまたしてもドレッタに視線を送る。


 しかし、ドレッタは、何も言わず佇んでいるだけである。


「兄さん!」


「ごめんごめん! そう言うことだから、お芝居は二人で楽しんできて。それじゃ!」


 テーブルの荷物を片付けて逃げるように去っていくブラッドを、ドレッタは一礼して追っていった。


「兄さんが変なもの買わないように見張っててね!」


 キースは、ブラッドの背中に浴びせるような大声でドレッタにお願いした。


「ブラッドさんて、何て言うかその、意外と自由な方なんですね」


「ホントに困っちゃうんだから。公爵家の跡取りとしてもう少し自覚をもって欲しいものね。さてと、それじゃ私達も行こうか」


「はい!」


 すっかり調子を取り戻したアイラは、劇場に向けてカフェを後にした。


「さぁ! まもなく開演ですよ! 席はまだありますから、チケットを購入される方はこちらへ!」


 劇場の入り口でチケット売りの男がそう叫ぶ。


 チケットを二枚購入して劇場に入ると、舞台から扇状に伸びるすり鉢状の座席に、観客がところ狭しひしめき合ってある。


 座席には天井がなく、青空の下に晒されている。


 人の間を縫って歩き、空席を見つけて座り芝居が始まるのを待つ。


 アイラは、生まれてこの方このような劇場で芝居を見たことがなく、開演を今か今かと待ち望んでいた。


「キースさん、お芝居て何をやるんですか?」


「あれ、言ってなかったっけ。ヒルデオン教の神話を元にした劇なんだってさ」


「へー。ヒルデオン教の」


 納得したように見せたが、アイラはヒルデオン教のことをよくは知らなかった。


 国教として扱われていることは知っていたが、違法な魔術師として生きてきたため、自然とヒルデオン教から距離を置くようになっていたからだ。


 だからと言って、ヒルデオン教に嫌悪感があったわけではなく、これがヒルデオン教の芝居だと聞いてなお、アイラの気持ちの高まりは治まらなかった。


 劇の開始の合図と共に、それまで観客の声で包まれていた会場が静になり、語り部の女が舞台に現れた。


「世界は、一つの爆発から始まり、次に始祖の音が世界を包んだ。爆発は力をもたらし、世界を形作った。だが、もたらされた力は、邪悪なる存在までをも惹き付けてしまう」


 そうして始まった劇は、神の力を我が物にしようとする悪魔と人間達の戦いを画いたものだった。


 悪魔の軍勢により故郷を焼かれた主人公が、復讐を誓うも、人間には悪魔を倒せるほどの力がなかった。


 主人公は、悪魔を打倒する力を求め神を探し始める。


 道中、同じ志を持つ者達と出会い、立ちはだかる脅威の前に仲間が倒れ、それでもその脅威を乗り越えた先に、ようやく神の居る始まりの地へとたどり着く。


 神に対して、悪魔を滅ぼすための力を望む主人公達。


 しかし、神はそれを受け入れなかった。


「なぜです神よ! 悪魔は、我々人間だけでなく貴方にも仇なす存在。なればこそ、悪魔を打倒することは我々の使命であるばず!」


 主人公役の男が叫ぶ。


 その鬼気迫る演技に、アイラは思わず唾を飲み込む。


「力を求める者よ。そなたはその力を悪魔を滅ぼすために使うと言う。では、その後は? 人は人と争う。悪魔を滅ばした力で、そなたは人を殺さないと言えるだろうか」


 神を勤める女がそう問いかける。


「ならば誓おう! 我が剣の振るう相手を悪魔が最後とし、その力を我が命と共に封印すると!」


「良かろう。ならば、力と共にこの呪いを授ける。そなたが最後の悪魔を滅ぼしたその時、授けた力と共にその魂は消滅するであろう」


 こうして呪いと共に力を授かった主人公は、王の率いる軍隊と共に、悪魔との最後の戦いに挑む。


 圧倒的な力を前に、次々と悪魔に引き裂かれていく兵士達。


 だが、主人公率いる突撃部隊により悪魔達の前線が崩壊し、人間達が攻勢に出る。


 大勢の犠牲を出し、数多の屍を越え、満身創痍になりながらも遂に主人公は悪魔の王と対峙する。


「我らを打ち倒し、その力と共に消滅した先に何があると思う? それは戦争だ! 我々悪魔が居なくなったとしても、お前達人間は、今度は自らを食い合うだろう! 虚しいとは思わないか? ならば、我らと手を組み、力の下に人間をまとめ上げ争いのない世界を作ろうではないか! さぁ! 私と共に来い!」


 壇上で悪魔の王が問いかける。


 その迫力に、もしや主人公が悪魔の王に屈してしまうのではないかと、半ば芝居であることを忘れてアイラの心臓が高鳴る。


「お前を倒したところで、争いは無くならないかもしれない。だが! お前達のように全てを力で支配する世界にしてしまうくらいなら、私は甘んじてその道を選ぼう」


 交渉は決裂。


 悪魔の王と主人公の最後の闘いが始まり、剣が混じり、つばぜり合い、鬼気迫る大立ち回りが繰り広げれられる。


 アイラは、その光景に釘付けになっていた。


 そして遂に、悪魔の王に剣が突き立てられ、崩れ落ちる。


「良いのか? 争いは、終わらぬぞ」


 力無く呟く悪魔の王。


「そうかもしれない。だが、人は、自らの行いを省みて正すことが出来る。そして、いつの日か争いのない世界を作れると、そう信じている」


 フィナーレを迎え、劇場は観客達の拍手と声援で包まれる。


 アイラもすっかり魅了され、有らん限りの拍手と声援を送っていた。


「すごい! すっごいすごかったです!」


 会場を出た後、興奮気味アイラがキースに話す。


「気に入って貰えたようでなにより。誘った甲斐があるよ」


「こちらこそ誘ってもらってありがとうございます! もう、私途中から目の前のお芝居が本物なんじゃないかって錯覚しちゃってましたもん!」


 興奮の冷めないアイラの様子に、キースは満足げに笑顔になる。


「さて、兄さん達の様子でも見に行こうか。また変なものでも買われてたら堪ったもんじゃないからね」

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