第12話大市

 アイラにとって、この町で目にするもの、いや全てが新鮮であった。


 道を十歩と歩かない内に、次から次へと新しい店が現れ並べなれた商品は、アイラにはどれも見慣れないものばかりである。


 店主の熱気と同じくらい、客もまた熱を帯びた眼差しで品定めを行っており、あちこちで言葉が飛び交う。


 そんな人々が発する熱を、アイラは実際に肌で感じていた。


 熱狂の渦のなかで、アイラははぐれまいと必死にキースの手を握り、そんな状況でも今を楽しもうと興味の湧きそうな物はないかと目を光らせる。


「そこのお嬢様方! いいものあるよ!」


 と、男の店主から声がかかった。


「いいものねぇ。口だけじゃないの?」


 そう言ってキースが露天を覗き込む。


「とんでもない! まぁこいつを見てくださいよ」


 男が二人の前に蝶の形のブローチを置く。


 だが、そのブローチは片翼のみに色付けがされており、もう片翼は全く塗装がされていない。


「なにこれ、変なの」


「そう侮ってもらっちゃ困るね。こいつは遠い海を越えてやってきた一品さ。一見未完成に見えるこのブローチだが、実は魔術がかけられていてね。気になるかい?」


 魔術という言葉にアイラは少し興味が出た。


「どんな魔術なんですか?」


「よく聞いてくれた! これはある有名な魔術師によって作られたもので、なんでも一つ願いを叶えてくれるって優れものなんだ」


「うっそくさー! おじさん、魔術だって言えば信じてもらえると思ってる? そんな都合のいいものなんてないでしょ」


 明らかに興味を無くしたキースの姿に、店主がニヤリと笑う。


「そう。あんたの言う通り世の中そんなうまい話はないさ。こいつは願いを叶えてくれる代わりに、持ち主の大事なものを一つ持ってっちまうのさ」


 店主は、声を低くして二人を脅すようにおどろおどろしく話す。


「それに、叶える願いについては完全にランダム! 願いが成就した暁には、この片翼にいつのまにか色が入ってるて話だ」


 アイラは背筋が凍るのを感じた。


「なにそれ。そんなの呪いの道具じゃない」


「どう考えるかはお客さん次第。自分で身に付けるもよし、でなければ、気に入らない誰かに贈るもよし。どうだい? 買って損はない逸品だぜ!」


「誰がそんな恐ろしいもの買うか! 第一、魔術はそんな万能なものじゃないしね。アイラちゃん行こ行こ」


「は、はい」


「後で欲しくなっても売り切れてるかもしれないぜ!」


 後ろから店主の声が聞こえたが、キースはそれを無視してアイラの手を引いた。


「キースさん。本当なんですかね、あのブローチ」


「なわけないでしょ。どうせ適当なホラ話をでっちあげてるだけ。いい、この大市で賢く買い物をしたいなら、嘘を見抜けないとやってけないよ」


「わ、わかりました!」


 そのあとも行く先々で工芸品などを見て回ったが、ほとんどの店で魔術の掛けられた品であるとの話が飛び出してくる。


 しかし、宮廷魔術師であるキースの前に、商人達がでっち上げた話など通じるはずもなく、ことごとく散っていく。


「どこに行っても二言目には魔術魔術って、もっと商品そのものの価値で売り込みなさいよね」


 流石のキースもうんざりしたのか、言葉に苛立ちが滲む。


「大市ていつもこんな感じなんですか?」


「ううん。昔はこんなに酷くはなかったなぁ。こうなったのもあの忌々しい戦争のせいよ!」


 キースの説明によれば、グリスデンとの戦争の前までは、国内の魔術師こそが至高であり他国の魔術など取るに足らないものである、との認識が強かった。


 更には、国内の魔術師が魔術を掛けた道具であると偽り販売し、それが嘘であると判明した場合、魔術師の評価を不当に下げたとして罰せられていた。


 しかし、戦争に負けた結果、他国の魔術に対する評価が高まり、嘘をついても罪に問われない外国製の偽魔術道具が出回ってしまったのだと言う。


「まあ、これもあくまで私の想像だから、本当かは知らないけど、戦争の後にこうなったんだよねぇ」


 キースは、不満げに頬を膨らませる。


「で、でも、色々な物が見られて私は好きですよ!」


「そう言ってくれて嬉しいよ。でも、いくら物が良くても胡散臭い商品は買っちゃだめだからね!」


 その後も二人は町を歩き色々な店を見て回り、小腹が空いたので手近なカフェで食事をすることにした。


「大丈夫? 疲れた顔してるけど」


 テラス席で紅茶を飲みながらキースがアイラに聞く。


「ちょっと人の多さに酔っちゃって。でも、少し休めばすぐ治るとおもいます」


 そう言いながら、アイラは疲れた体を休ませるためにテーブルに突っ伏した。


「あはは。随分やられてるみたいだね。そしたら、市場を回るのは一旦止めて、お芝居でも見に行こうか」


「お芝居ですか?」


 アイラは、顔だけをキースに向ける。


「そ。この近くの劇場でやってるんだ。もしかしてあんまり興味ない?」


「いえいえ! 行きます! 見ます!」


「じゃあ決まりだね」


 どこからか二人の名前を呼ぶ声が聞こえ、声のする方を振り向くとブラッドが両手いっぱいに荷物を抱えて、ドレッタと共に近づいて来ていた。


「二人ともここにいたか」


「なに兄さん、そんなに荷物かかえちゃって」


「気になる?」


 ブラッドは、返事を待たずにテーブルに荷物を広げる。


「いやー流石大市だよ。どこも素晴らしい品でいっぱいで、こんなに買っちゃった」


 満足げに語るブラッドが買ってきた商品に、キースとアイラはいくつか見覚えがあった。


「兄さん、もしかしてこれって」


「お、流石キース。分かるかい? どれもこれも魔術が掛けられた品なんだよ!」


 得意気なブラッドに対して、キースは落胆の表情を浮かべる。


「兄さん。いい気分のところ悪いけど、これもこれもこれもこれも、ぜーーーんぶ魔術なんて掛けられてないわよ」


「え?」


 ブラッドが目を丸くする。


「でも、店の主人はたしかに」


「だからそれが嘘だって言ってるの! この手の品は大概偽物だって、前々から散々言ってるでしょ! どうして兄さんはいつもそうなの」


「いやー、店主の話を聞いてたらどれもこれも魅力的に見えてしまって」


 そう言いながら、ブラッドは恥ずかしそうに頭を搔く。


「やっぱり兄さんも一緒に連れていくべきだった」


「申し訳ございません。私もお止めしたのですが」


 ブラッドの後ろで頭を下げるドレッタ。


「いやいやドレッタさんのせいじゃないって。それもこれもいつまで経っても学習しない兄さんが悪いんだから」


「これは面目ない。でも、そしたらこれも無駄になっちゃったかな」


 ブラッドは、おもむろに蝶のブローチを取り出した。


 それは、アイラが最初に店で見たものと同じだった。


「これ、アイラさんにと思ったんだけど」


「え、私にですか?!」


「似合うと思って。店主は幸運の魔術が掛けられてるって説明してたんだけど、偽物なんた貰っても嬉しくないよね」


「いやいやそんなことないですよ! 私丁度こういうのが欲しかったんです!」


 ブラッドの寂しそうな表情に、アイラは居たたまれなくなり思わずブローチを受け取った。


「本当?! それは良かった!」


 ブラッドの表情が途端に明るくなる。


 その横でキースは大きくため息をついた。

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