第11話マーヌの市

 早朝、中庭から不思議な音が聞こえ、アイラは目を覚ました。


 寝ぼけ気味に窓から外を見下ろすと、誰かが取っ組み合いをしているのが見えた。


 その光景に驚くと同時に、喧嘩を止めなければと考え、寝間着のまま部屋を飛び出した。


 廊下を走っていると、丁度反対からドレッタが向かってくるのが見え急いで駆け寄る。


「おはようございますアイラさん。何をそんなに慌てて」


「ドレッタさん大変! 外で誰かが喧嘩してるの!」


 だが、ドレッタはあまりピンと来ていないようで、首をかしげる。


「とにかく来てください!」


 ドレッタの返事も待たず、アイラは彼女の手を引いて中庭まで走り出した。


 勢いよく玄関を開き中庭を見渡すと、鎧を着た二人の大人が剣を構えて睨み合っている。


「止めてください!」


 アイラが叫ぶと、二人は驚いて声の方を見て兜を脱いだ。


 ジンウッドとブラッドあった。


「アイラさん?」


 困惑したように呟くブラッド。


 アイラは、駆け寄り二人の間で立ち止まった。


「ジンウッドさんもブラッドさんもどうしたんですか!」


「そこをどけ。邪魔だ」


 ジンウッドから冷たい声がかけられるが、アイラはジンウッドに向き直り詰め寄る。


「どきません! 何があったか知りませんが、親子でこんなことをするなんて見過ごせません!」


「アイラさん!」


 と、遅れて走ってきたドレッタに声をかけられアイラが振り返る。


「ドレッタ。これはどういうことだ。お前に世話を任せたはずだが?」


「申し訳ございません旦那様」


「え?え?」


 アイラはなぜドレッタが叱られているのか分からず狼狽える。


「アイラさん。これは喧嘩ではありません。剣の鍛練です」


「え?」


「僕と父上はこれで毎朝剣の練習をしてるんだよ」


 ブラッドが手に持っている模造刀をアイラに見せる。


 それを見て全てを理解したアイラは、一気に全身の血の気が引くのを感じた。


「驚かせてしまったみたいでごめんね」


「あわわわわわ! ご、ごめんなさいぃぃ!!」


 真っ青になりながら、アイラは二人に何度も頭を下げる。


「はぁ。興が冷めた。ドレッタ、片付けておけ」


「はい旦那様」


 ジンウッドは、ドレッタに模造刀を渡すと、兜を小脇に抱えて帰っていった。


 今にも泣き出しそうな顔を浮かべるアイラに、ブラッドは優しい笑顔を向ける。


「大丈夫気にしないで。僕達も行こうか」


「ブラッドさん~! ほんとにごめんなさい~」


 ブラッドに連れられて二人は屋敷へと入っていった。


「あははははは! それであんなに叫んでたんだ。 私の部屋まで聞こえたよ!」


 食卓にキースの笑い声が響く。


「お騒がせしました......」


 耳を赤く染めながら、アイラが顔を伏せる。


「でも、よく突っ込んでったよね! 私なら怖くてそんなこと出来ないよ」


「いや、ほんとに、おっしゃる通りで」


「キース。あんまり彼女をいじめないで」


 そう言いながらブラッドのにも笑顔が滲んでいる。


「ごめんごめん。あんまりにもおかしくって。あーあ私も見に行けば良かった」


 そう言いながらキースは朝食のパンを口に運ぶ。


「やっぱり、怒っているんでしょうかジンウッドさん」


 アイラがそう感じたのは、ジンウッドの姿が食卓に無かったからだ。


「大丈夫大丈夫。父さんはそんなことで怒ったりしないから」


 笑って励ますキースだが、それでもアイラの顔は浮かない。


「でも、ドレッタさんも私のせいで怒られてましたし、それに、私ジンウッドさんにそんなに良く思われてないみたいですから」


 アイラの話しに、ブラッドとキースから笑顔が消えた。


「やっぱり、ここに来たのがご迷惑だったんでしょうか」


「そんなことないよ。私はアイラちゃんに会えてるのを楽しみにしてたし、迷惑なんて思ってもないよ」


「僕もそうだよ。それに、アイラさんをここに呼んだのは他でもない、僕だからね」


「でも、ジンウッドさんからは、なんだか避けられてるみたいで。それに、王様の命令じゃなければこんなことしないって、言ってましたし」


 食事をする二人の手が止まった。


「まぁ、父さんのことは気にしなくてもいいよ。ほら、あの人、人見知りなところあるじゃん?」


 キースが同意を求めるようにブラッドに視線を送る。


「そうだね。だから、アイラさんは気にしなくていいよ」


「そう、ですか」


 アイラには、それが何かを取り繕うための嘘であることが分かっていたが、二人の様子からこれ以上詮索するべきでないと判断して口をつぐんだ。


「そんなことより、今日は町に行くんでしょ? ボーッとしてたら出かける時間無くなっちゃうんじゃない?」


「そうですね! うっかりしてました」


 アイラは、急いでパンを口に詰め込み、思わず咳き込んでしまう。


「そんなに急がなくても、一日時間を取ってるから大丈夫だよ」


「ごほごほっ。ごめんなさい」


 食事を終えて部屋で準備をしていると部屋のドアが叩かれた。


「アイラさん。準備は出来ましたでしょうか?」


「はいただいま!」


 ドレッタと共に中庭に出ると、馬車の横でブラッドとキースが待っていた。


「お待たせしました」


「さ、行こうか」


 三人は同じ馬車に乗り、ドレッタは後ろの馬車に乗り込んだ。


 二台目の馬車は、食材などの買い出し用である。


 都市マーヌでは定期的に市が開催され、農作物は勿論のこと、各地から鉱物や工芸品などが持ち込まれ、開催期間は数週間に及ぶ。


 今日はその一日目ということもあり、町はアイラが昨日見た以上の人で溢れかえっていた。


「これでも、昔より少ないくらいなんだよ」


「そうなんですか?」


「うん。昔はグリスデンからも色々と持ち込まれてたけど、あの壁が出来てからそれもなくなっちゃったしね」


 キースの言葉に、アイラはこの国が戦争中であることを思い出したが、目の前の光景はそれを感じさせない程の熱狂ぶりであった。


「さあ、気になった物があったらなんでも言って。今日はこのお兄さんが全部買ってくれるからね」


「おいキース。あんまり調子のいいことを言うな」


「そうですよ。それに、そこまでして頂くわけにはいきませんし」


「遠慮しないで。私もアイラちゃんにこの町を好きになってほしいからさ」


 そう言ってキースはアイラの手を握った。


「ボーッとしてるとすぐはぐれちゃうから気をつけてね」


「は、はい」


 アイラは、目の前の人混みに気圧され、キースの手を強く握り返した。

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