第10話平穏な初日
ドレッタに案内されアイラは用事を終えると、部屋への帰り道で気になったことを聞いてみることにした。
「あの、ドレッタさん質問いいですか?」
「はい。私でよろしければ」
「えっと、キースさんのことなんですけど、あの人普段何をされてる人なんですか? なんか見た目も貴族っぽくないし、やたらと魔術に興味があるみたいだし」
「キース様が魔術に興味があるのは当然です。あの方は宮廷の魔術師の一人ですから」
「そうなの?!」
見た目といい振る舞いといい、とても宮廷で働いているような人物には思えず、アイラは思わず声を上げた。
「まぁ、驚かれるのも無理はありません。キース様もブラッド様も貴族にしては不思議なくらい私共にもお優しく接してくれますから」
「キースさんてメイドさん達にもあんな感じなんですね。そう言えば、キースさん達のお母さんとはまだ挨拶してないんですけど、どこにいるんですかね」
「......奥様は既に亡くなられております」
「あ......」
気まずい空気のまま部屋に戻る。
アイラは、運び込まれた荷物をほどいていると、入れた覚えのない魔術書が目に入り手に取る。
大方入学するまでの間に勉強するようにと、イルゲンが入れたのだろうと当たりをつけ、アイラはため息を付いた。
「どうかされましたか?」
後ろで荷解きを手伝っていたドレッタから声がかかる。
「いや、大したことじゃないんですけど、こんなものが入ってたんで」
そう言ってアイラは、ドレッタに向けて魔術書を見せる。
「こっちでも勉強出来るようにって、先生が入れてくれたんだと思う」
「先生、魔術の先生ですか」
「うん。でも私、座学は苦手で正直魔術書も読む気にならないと言うか」
「では、先生の下では普段なにを教わっていたのですか?」
「普段はどっちかって言うと、実技がメインだったから、先生に習って杖を持って魔術を唱える。どこか間違ってればそこを修正するまで、ひたすら同じ魔術を唱え続ける。みたいなことが多かったかな」
「意外と地味なんですね。魔術の修行と聞くともっと派手な物を想像してましたから。しかし、入学すれば当然座学の授業もあるでしょうし、今のうちに慣れておくに越したことはないのでは?」
「うっ。まぁ確かにそうですよねぇ......」
そう言いながらアイラは、魔術書を鞄の奥に仕舞った。
荷解きを終えドレッタが出ていくと、一人になったアイラは窓際に椅子を置いて外をボーッと眺めていた。
「学校かぁ。どんなとこなんだろ」
そう呟くアイラの胸中は不安でいっぱいだった。
ブラッドの説明を聞く限り、国の目的は魔術師の増強にあり、学校では当然兵士として使える人間になることを求められる。
今までのように先生の下で、のほほんと魔術の修行をしていたのとは訳が違うことくらいアイラにも分かっていた。
だが、そんなことを考えれば考えるだけ、ただただ不安が増していくばかりで、どうしようもないことも分かっていた。
アイラは、物思いに更けるのをやめて、座っていた椅子をドレッサーに戻すと、鞄に仕舞った魔術書を取り出し開いた。
「うっ! 文字が、文字が多すぎる......」
そんな独り言を言いながら、ゆっくりではあるが読み進めてページをめくっていく。
『魔術の始まりとは......、魔術はなにによってもたらされるのか......』
そんな小難しい文章を読んでいると、段々と眠気が襲ってきて、最初の内はそれを振りほどこうとしていたが、そのうち眠気に負けて本を枕に眠ってしまった。
「アイラさん、お食事の準備が出来ました」
その声にアイラは飛び起きると、既に部屋は真っ暗になっていた。
慌てて部屋を出ると、ドレッタが迎えに来ていた。
ドレッタは、アイラの顔を見るとクスリと笑う。
「ど、どうしたんですか?」
「いえ何でもありません。それより、皆様がお待ちしておりますから」
「あ、あごめんなさい! すぐいきます!」
ドレッタに案内されて長い廊下を歩き、食卓に着くと長いテーブルの上に見たこともないようなご馳走が並んでいた。
既に席についていたブラッドとキースがアイラに気づくと、皆一様に笑い始める。
「アイラさん。どうしたんだいその顔は」
ブラッドにそう言われ、アイラは自分の頬に触れると、寝ていた時に付いた本の跡に気付き顔を赤らめる。
「いや、そのこれは!」
「随分とお疲れのようだね」
そう言ってブラッドがクスクスと笑う。
「兄さん可哀想でしょ。ほら、いいからこっち座りな」
顔を伏せながら、アイラはキースの横に座った。
だが、食卓にジンウッドの姿がないことに気がつき、不審に思ったアイラがキースに質問する。
「あの、ジンウッドさんは?」
「あー、父さんは、先に済ませたみたい」
気まずそうにキースがそう答える。
「じゃ、兄さん頼める?」
ブラッドが頷き、祈りを捧げるように両手を握るのを見て、アイラも真似をする。
「主よ、あなたの光によりもたらされたこの食事に、感謝と祝福を捧げます」
食前の祈りなどしたことのなかったアイラにとっては、新鮮な光景であった。
そして、二人が食事に手をつけたのをみて、アイラも食事を口に運ぶ。
それは、決して故郷では口にしたことのないような味で、旨味と共に多幸感がアイラを支配する。
「美味しい!」
「お口に合ったようでなにより。今日は君の歓迎も兼ねてるから、遠慮なく食べてね」
「はい! ありがとうございます!」
一通り食事を堪能しながら、アイラは両親を思い出していた。
こんなに美味しい料理なら、父や母に食べさせてあげたい。
そんなことを考えていると、急に故郷が恋しくなる。
自分でも気づかない内に顔に影を作るアイラに、ブラッドが声をかける。
「アイラさん。明日は町に行こうか」
「え、いいんですか?」
「勿論。今日約束したからね。それに明日は町で市が開かれるから遊びに行くなら丁度いいと思うんだ」
「やった! 行きます行きます!」
アイラの表情が明るくなったのをみて、ブラッドは静かに安堵した。
それから雑談をしながら食事を楽しみ、部屋に戻ると明日に期待を膨らませながらベッドに入った。
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