第5話悪魔

 イルゲンの眉が一瞬ピクリと反応する。


「それは、どういうことでしょうか」


「この話をする前に、国はまだその存在を公式に認めていないことを念頭に置いて頂きたい」


「つまり、あくまで仮定の話であると」


「そうです。私は、以前にあの戦争の帰還兵と話をしたことがあるんですが、その時の兵士がこんなことを言ったんです『あの戦場には悪魔がいる』と」


「それはまた、なんと言うか」


 悪魔は、本などの創作物に出てくる存在であり、それが実在すると言う話が、イルゲンには信じられなかった。


「信じられない、そうおっしゃいたいんでしょ。実際私も最初はそうでしたから。あの戦争で負けた苦痛から逃げるための嘘だと。ですがね、その後も他の帰還兵達と話をしたんですが、その誰も彼もが言うんですよ、確かに存在すると。それに、彼らの話に多少誤差はあるけれども、ほとんど一致箇所があるんですよ」


 そう語るブラッドの顔に、帰還兵達を馬鹿にするような笑みは無く、至って真面目なものであった。


「突然空から光の矢が降り注ぎ、貫かれた仲間の体が次々に燃え上がっていく。空を見上げると『それ』が見下ろしていたと。『それ』の特徴については、話者によってマチマチなのでここでは割愛しますが、突然空に現れて、大勢の味方を蹂躙していった個体が居ると言う点については一致してるんですよ」


「話を聞いた限り、にわかには信じられませんね。ただ、もしそのような者が存在するなら、あの壁を作れるかもしれませんね。居たとしたらですが」


「私としては、それを話す彼らの表情からして、嘘をついていたと思えないんです。ですが、それが存在したという確たる証拠も無い状況ですから、王族や諸侯の間でも結論が出ていないのが実情です。もっぱら、教会の方々は人間以外に魔術が使えるはずか無いと真っ向から否定されていますが」


 フリマランの咳払いが聞こえ、ブラッドがしまったという様な顔をする。


「失礼。で、ここからが本題になりますが、現在我が国の一部の領土がグリスデンの展開した壁の内側に取り込まれています。国としてもこのままにしておくつもりはありませんし、壁の解除について宮廷の魔術師達が研究を進めています。ですが、無闇矢鱈に壁を解除しても、彼らの言う『悪魔』が存在したとしたら、先の戦争の二の舞になります。それに、戦争を再開しようにも先の戦争でこちらの魔術師は壊滅しており、戦力が十分とは言えない状況です。そこで、壁内部の調査及び魔術師の増強を目的とした学校を開きます」


 学校という言葉に、イルゲンは違和感を覚えた。


「学校と言いましたが。国は実質的に魔術師の資格を教会か貴族などに限定していますよね。そのせいで魔術師の絶対数が増えないことをブラッドさんもご存知のはず。ただ学校を開いたところで根本的な解決にはならないのでは?」


「ええ、その通りです。ですが、今までのように一部の階級に魔術の適合者が現れるのを待てる程余裕も無いのです。国の領土が占領されて既に数年、このままの状況が続けば国民からの不審を買い続けることになります。そこで、今回開く学校には農民や商人などあらゆる層から魔術の適合者を募り、魔術師の増強に繋げます」


「これはまた、思い切りましたね。ですが、そんなに都合良く生徒が見つかりますか?」


「そこについてはご心配無く。既に百名程度の生徒が集まっています。ただ、他に問題が一つ。教師が不足しているのです」


「いくらあの戦争で魔術師が大勢亡くなったとしても、教師が不足する程ではないと思うのですが」


 その質問に、ブラッドはため息をついて椅子に深く座り直した。


「それがそうでもないんです。国民には、国防に問題がない程度には魔術師が居ると説明してますが、実情はボロボロなんです。今回、教師として実力のある魔術師を割り当てる予定ですが、それは前線の戦力低下に直結します。そこで、一部の教師を外部から補充したいのです」


 そこまで聞いて、ようやくイルゲンはブラッドの訪問理由にピンと来た。


「なるほど。つまり、その一部になって欲しいと言うことでしょうか」


「端的に言えばそうです。どうです? これを期に正式な魔術師になることができますし、今までのようにこそこそと隠れて活動する必要もなくなります。勿論、相応の報酬を約束しますよ」


 アイラは、もしやイルゲンが提案を受け入れてしまうのではないかと気が気ではなかった。


 ブラッドの言う通り、正式な魔術師になれるなら誰だってその方が良いと考えるし、第一にイルゲンが断る理由など無いように思えたからだ。


「それについてお答えする前に、一つ質問しても宜しいでしょうか」


「勿論」


「先程、生徒を集める理由として壁内の調査と言ってましたが、何をさせるつもりなんですか?」


「第一に『悪魔』が存在するかの確認。第二に壁内の現状調査、つまりは占領下の国民の状況と敵戦力の状況確認。主にこの二つを考えています。先程も話した通り、国内の魔術戦力は十分と言えない状況ですから、万が一のために実績のある魔術師を国内に残しておく必要があります。そのために、壁内部への調査部隊を新設しようと言うわけです」


「壁への侵入方法は確立していると?」


「ええ。ここだけの話、短時間であれば壁に小さな穴を開ける方法があります」


「人員さえ確保できればいつでも実行可能と言うわけですか」


 このままではイルゲンを国に取られてしまうと、アイラは焦っていた。


 どうにかして止めなければと考えたとき、アイラの手は既にドアノブを掴んでいた。


「だめー!!」


 開け放たれた扉から、叫び声と共にアイラが飛び出す。


「ア、アイラ?!」


「先生行っちゃ嫌だよ! 先生が居なくなったら、誰が魔術を教えてくれるの?」


 イルゲンは、額を手で抑えながらため息をつく。


「アイラ、少し落ち着きなさい」


「やだやだ! だって、学校に行くつもりなんでしょ! そりゃ、こんな田舎の村に居るより、学校に行ってちゃんとした魔術師として認められた方が良いのは分かるけど、世界一の魔術師になれるように指導するって言ったのは先生だよ!」


 今にも泣きそうな声で叫ぶアイラ。


 そんなアイラに対して、イルゲンは冷たい視線を送る。


「そんなことを言った覚えはないし、そもそも、魔術の才能の無い君に何を教えたところで無駄だろう。訳の分からないことを言わないでくれ」


 今までイルゲンからこんなにも冷たく当たられたことがなく、アイラは全身から血の気が引くのを感じた。


 そんな空気を切り裂くように、フリマランが笑い声をあげた。


「あははは! お弟子さんを庇うその愛情。素晴らしいものじゃありませんか。ねぇ、イルゲンさん。ですが、嘘はいけませんよ」


 イルゲンがフリマランを睨む。


「何が言いたいんですか」


「彼女、魔術を使えるのでしょう?」

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