第4話訪問者
村に戻る頃には日が傾き夜を迎えようとしていた。
アイラは、村の入り口に見慣れない馬車が止まっていることに気付き、近くに寄って見てみると、意匠の凝った装飾の中に教会の証を見つけた。
その瞬間、サリアの話が頭をよぎり、嫌な胸騒ぎを覚えイルゲンの家まで走り始めた。
もしや先生の存在がバレてしまったのか。だとしたらもう捕らえられてしまったか、はたまた、既に教会の手によって......。
家に向かう最中、アイラの頭はどんどんと最悪の想定を始める。
家まで後少しというところで、アイラの息は完全に上がっていたが、力を振り絞りそのままの勢いで扉を開いた。
「先生ぇ!」
家中にアイラの叫びが響き渡る。
だが、イルゲンの姿は見えず、代わりに見慣れない二人の男女が席に着いていた。
アイラは、瞬時にこの二人が教会の人間であると考えると、驚く二人を前に怒りを露にする。
「お前ら! 先生をどこにやった!」
二人は、アイラの言葉の意味が全く分からないといった様子で、困惑の表情を浮かべる。
その様子に、アイラの怒りはますます燃え上がり、拳を強く握ると男の方に飛び掛かろうと一歩踏み出した。
その時、不意に後ろから鞄を捕まれ、体な急ブレーキがかかる。
「こら、アイラ。お客様に何をしているんだ」
アイラは、その聞き慣れた声に振り向き、目を見開いた。
「先生......」
「急に声が聞こえたと思ったら、一体何を一人で騒いでいるんだ」
「だって、私、先生が」
と、そこまで話したところで、イルゲンの無事を確認して安心したのか、アイラは泣き始めてしまった。
ひとしきり泣いて落ち着いた後、アイラは改めてことの経緯をイルゲンに説明すると、イルゲンは大きな声で笑った。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか! 本気で心配したんですからね!」
「いやいや、悪い悪い。ただ、二人が教会の方だって言うのは間違ってないけどね」
その言葉に驚いて、アイラは二人の顔を見た。そして、同時にその二人がどこか見覚えのある人物であることに気が付いた。
「あー! トードの村の!」
「君は確か、路地の」
二人は、アイラがトードの村でぶつかった娘であると気が付くと、席を立ち、男の方は手を差し出し握手を求めた。
「怖がらせてしまったようで悪かったね。ブラッドだ。宜しく」
「アイラです。こちらこそ、その、とんだ勘違いをしてしまって、ごめんなさい」
「ヒルデオン教会のフリマランと申します。先生を思っての行動ですもの。恥ずかしがることはありませんよ」
「あはは、そう言って貰えて助かります。じゃ、なくて! 先生! なんで教会の人がここに居るんですか?!」
アイラは、イルゲンに向き直り、目の前の状況を説明するように迫った。
本来であれば、違法な魔術師であるイルゲンの家に教会の人間がいると言うのは、穏やかな状況ではないし、アイラが疑問に思うのも当然である。
しかし、イルゲンは全く問題が無いと言った様子で、不思議な程落ち着いていた。
「今お湯を沸かしているから、沸いたらお茶を作って二人にお出ししなさい」
アイラの疑問に答える気は無いと言った様子で、イルゲンは笑顔でアイラにそう指示をした。
「わ、分かりました」
アイラは、納得がいかなかったがイルゲンの異様な圧に気圧されしぶしぶとキッチンへ向かった。
キッチンと扉一枚隔てた部屋でイルゲン達は話をしており、アイラは湯が沸くまでの間、扉にそっと耳を当てて中の会話を聞くことにした。
「しかし、随分と好かれているようですね。普通は大人相手にああまでしませんよ」
どうやら、自分のことを話しているらしく、ブラッドの声が聞こえてくる。
金色の短髪にシュッとした顔立ち、服の上からは分からないが、握手を交わした際の力強さからして、ブラッドが兵士ではないかとアイラは考えていた。
「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした」
「いえ、気になさらないで下さい。あれだけ慕われてるとは羨ましい限りです。先生と呼ばれていましたけど、お弟子さんですか?」
「......いえ、家事の手伝いなんかをしてくれる、ただの近所の子ですよ」
ブラッドの質問に、やや間を置いてイルゲンが答える。
「そうですか。それで、今日私達が訪ねた理由を話す前に確認したいことがあります。グリスデン国との戦争については、ご存知ですよね」
「ええ、存じています。随分と酷い戦いだったと聞いています」
「では、あの壁のことも?」
「この国に住んでいて知らない者は居ませんよ。もっもと、実際にこの目で見たわけではありませんが」
グリスデンの名前は、アイラも知っていたし、壁という単語にも聞き覚えがあった。
だが、そのグリスデンとの戦争が今回の訪問にどう繋がるのかは皆目検討がつかなかった。
と、後ろで湯の吹き出す音が聞こえ、慌てて火から薬缶を下ろし、茶を注いで三人の待つ部屋へと運ぶ。
「失礼します」
ノックをして部屋に入ると、二人は会話を止めてアイラを注視する。
不思議な緊張感に包まれながら、三人に茶を配ると、当然のような顔をしてイルゲンの隣に座ろうとするが、
「ありがとう。悪いけど部屋の外で待っていてくれるかな」
と、アイラは追い出されてしまった。
仕方がないので、また扉に耳を当てて中の様子を伺う。
「壁が出現してからもう三年ですか。早いものですね。ブラッドさんは実際に見たことは?」
「あります。世間では壁なんて呼ばれてますが、壁と言うよりは結界と呼んだ方が正しいかもしれません」
「そうでしょうね。私も聞いた話を総合して考えるに、魔術の類いでなければ説明がつかないと思います。で、なければ戦線を境に一夜にしてあんなものは展開できないはずです」
「同感です。しかし、あんな大規模な魔術を展開出来る人間など、この世に存在すると思いますか?」
ブラッドの質問に、イルゲンはこれまで会ってきた魔術師達を思い出し、可能性を探る。
「居ないとは言い切れませんが、これまで、会ってきた魔術師の中には、あのようなことが出来る人はまず居ないでしょうね」
「そうでしょう。実際、あの壁が現れた後、国内の魔術師を集めて様々な議論が行われてきましたが、結論はいつも『人間には不可能』というものでした」
ブラッドの言葉に、イルゲンは少し違和感を覚えた。
「その、『人間には』と言う部分、まるで人間以外に魔術を使う存在が居るような言い方に聞こえたんですが」
ブラッドの口角がわずかに上がった。
「その、人間以外に魔術を使う存在が居るかも知れないと言ったら?」
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