第3話町へ

 馬車に乗って町を目指す。


 馬車が揺れに合わせて、鞄の中の瓶が小刻みに動き、ガチャガチャと音を立てる。


 トードの町に向かう馬車の上で、アイラは不満と緊張に満ちた表情を浮かべていた。


 村の外に魔術師が作った薬品を持ち出すことが、危険な行為であると知っていたからだ。


 アイラの住む王国クラトンでは、限られたに人間のみ魔術の習得が許されており、具体的には貴族や教会の人間など、王に近い特権階級にのみ許されていた。


 中には、イルゲンのように国に隠れて魔術を使う者もいるが、万が一バレてしまった場合、最悪処刑される。


 ではなぜ、そんな危険を冒してまで村の外に薬品を運び出すのか。


 金になるからである。


 そもそも、魔術というのは望めば全員が全員使えるような代物ではなく、あくまで素質のある者だけが習得できる特殊な力である。


 その素質の発現は稀な物であり、いくら国から認められた特権階級であっても、そもそも素質がなければ習得できるものではない。


 つまり、現状では限られた階級の更に限られた人間にのみ習得可能な能力であり、魔術が使える人間は貴重な存在となっていた。


 また、魔術師の全員が全員イルゲンのように薬品を作る訳でもないので、魔術師が作る薬品は、それが違法なものであっても貴重で高価な物となっていた。


 そんな危険な存在を村の人間が受け入れているのは、イルゲンがそんな貴重な薬を無料で分けてくれるからだった。


 農民には到底手が出せないような高価な薬品を、イルゲンは必要とあれば惜しむことなく村人に分け与えており、幾度となく命を救われた村人にとってイルゲンは大切な存在となっていた。


 アイラは、そんなイルゲンと村人のやり取りを間近で見て、危険を冒すだけの価値がある物だと感じていた。


 最初こそ、イルゲンの勧めから始めた修行であったが、改めてイルゲンから魔術師でいることの危険性を教わった時には、すでに魔術師とは尊い存在であり、その力を手放すことは考えられなかった。


 そして、ゆくゆくは世界一の魔術師となり、自らの力で国の法律を変えて、魔術師を広く普及させたいとまで考えていた。


 町に着くと、アイラは慎重に薬品の入った鞄を背負い、目的の店へと歩き始める。


 初めの内は、一人で薬品を届けることに生きた心地がしなかったが、今となっては懐かしい感覚となっていた。


 通い慣れた道を歩き、村に帰ったら先生に何を教わろうかと呑気に考えていると、アイラに緊張が走った。


 前から衛兵が歩いてきているのだ。


 万が一鞄の中身を見られでもしたら、流石に言い逃れは出来ない。


 アイラは、衛兵とすれ違わないように道を変えようとして、路地に入ったところで顔面に強い衝撃を受けて立ち止まった。


「痛った~」


 突然のことに顔を押さえてしゃがみこむと、アイラの頭上から声がかかった。


「すまない。大丈夫かい?」


 その時初めて人とぶつかったのだと気付き、アイラも謝るために顔を上げる。


「いえいえ、こっちこそごめんなさい」


 相手は若い男であった。


 その男から手を差し出され、アイラはそれに掴まって立ち上がる。


「怪我はない?」


「大丈夫です。ごめんなさい、急に飛び出したりしたから」


 と、アイラは男の背後に女が立っていることに気付き、心臓が跳ね上がった。


 その女が、教会のシスターと同じく、黒いベールを被り、教会の証である首飾りを着けていたからだ。


 自分の顔をみて硬直するアイラに、女は心配そうに声をかける。


「どうされました? やはりどこか怪我を」


 その声に、アイラは我に返る。


「いや! 全然大丈夫ですから! ほら、見ての通り!」


 そう言って、平気であることをアピールするように両腕を大きく回す。


「じゃ、私先を急ぐんで! 本当にごめんなさい!」


 大きく頭を下げ、半ば強引に会話を終わらせると、呆気に取られる男を置いて、アイラは足早にその場を去った。


 息を切らしながら店にたどり着くと、転がるように店の中に入った。


 店内にはありふれた雑貨が並んでおり、一見すると魔術師の薬品を扱うような、違法な店に見えないが、ここがアイラの目的地である。


 突然の訪問者に、店番をしている女のサリアは、思わず扉の方を見た。


「どうしたどうした、そんなに慌てて」


「ごめ、ちょっと、そこで」


「無理にしゃべらなくていいから、とりあえず座って、息を整えな」


 サリアは、椅子を引っ張り出すとカウンターの前に置いてアイラを座らせ、コップに水を注いでアイラの前に置いた。


 アイラは、出された水を一気に飲み干すと、勢い余って水が気管に入り大きく咳き込む。


「おいおい、大丈夫かい?」


「ごほっごほ! いや、大丈夫、だから」


 そうして少し落ち着くと、アイラは今見てきたことをサリアに話した。


「はぁ~、こんな田舎町に教会のシスターがね。珍しい」


「もーびっくりしたよ。ここら辺じゃあんまり見かけないから油断してた」


「もしかしたら、あれじゃないか?」


「あれ?」


「あれだよあれ。魔術師を集めてるとかって話さ」


「何それ」


「なんだあんた知らないのかい。私も噂話程度にしか知らないけど、国が魔術の素質があると判断したら誰彼構わずどっかに連れてっちまうらしいんさ」


「そりゃ先生みたいなはぐれの魔術師なんか、存在がバレたら捕まるでしょ。そんなの当たり前じゃん」


「それが、魔術師として活動してなくても、素質があるって判断されたらそれだけで連れてっちまうんだよ」


「なんでそんなことを?」


「あれのせいで国公認の魔術師がごっそり減ったろ? こんな時に、はぐれの魔術師がクーデターでも起こしたら堪ったもんじゃないってんで、今のうちに不穏な芽を摘んでおきたいとかって話さ」


「不穏分子の一掃てのは分からなくもないけど、素質があるってだけで捕らえちゃうなんて、あんまり誉められたもんじゃないんじゃない」


「まぁ、私も聞いた話ってだけだから、本当かどうかは分からないけどね。ま、用心することに越したことはないよ。あんたらも気を付けな」


「私と先生なら大丈夫だよ! なんたって、あの先生だからね。誰が来ようと相手にならないわ!」


「そうやって舐めてかかってると足元掬われるよ」


「はいはい。まぁ、頭のすみには入れときますよ。あ、そうそう、世間話をしに来た訳じゃないんだった」


 アイラは、思い出したように鞄をカウンターの上に置くと、鞄の口を開けてサリアに中身を見せた。


「これ、今回の分ね」


「確かに。相変わらず先生は仕事が早くて助かるよ。じゃ、ちょっと待ってな」


 そう言って、サリアは鞄を持って店の奥へと消えると、しばらくして鞄を抱えて戻ってきた。


「じゃ、今回の分入れておいたから」


 サリアから鞄を受け取り中身を確認すると、布に包まれて隠された代金が入っている。


「ありがと。あ、それと先生からこれも預かってる」


 アイラは、サリアに一通の手紙を渡した。


「これ、仕入れて欲しい材料のリストだって」


「じゃ、次来る時までに集めておくから。先生に宜しく伝えといて」


「分かった。じゃ、宜しくね~」


 手を振ってサリアに別れを告げると、何事もなかったかのように店を出た。


 アイラは、仕事をやり遂げたご褒美にと、決まって寄り道するカフェがあるのだが、先程のシスターの件とサリアの話もあったため、早々に馬車に乗り込むと、村に帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る