第6話脅迫

「何を言ってるのか、さっぱり分かりませんね」


 そう言ってイルゲンは、フリマランに冷たく睨み付ける。


 しかし、なおもフリマランは小馬鹿にしたように笑いながら話を続ける。


「では、証明して差し上げましょうか。アイラさん、なんでも良いので一つ魔術を披露して下さいませんか?」


 そうか。こんな簡単なことで魔術が使えると証明出来るのだと気付き、アイラは手の平を上に向けてフリマランをじっと見つめた。


「やめっ」


 イルゲンの静止も虚しく、アイラの手の平に小さな炎が浮かび、消えた。


「ありがとうアイラさん。うふふ、まだこれでも分からないとおっしゃられますか?」


 まるで勝ち誇ったように微笑するフリマランに対して、イルゲンは頭を抱えて自分の足元を見つめ、大きく息をすって眼前のフリマランとブラッドに向き直った。


「これ以上隠していても無駄ですし、素直に認めますよ。アイラは私の弟子で魔術を使うこともできます」


「そう初めからお認めになれば宜しいのに。そもそも、ただの下働きとして村の少女を近くに置いているなんて話、すぐに嘘だと分かりますよ。ねぇ、ブラッドさん」


「あ、ああ。そうですね」


 自信満々のフリマランに対して、ブラッドは今の今までイルゲンの嘘を信じていた。


「それに、アイラさんがあれだけ目の前で必死な訴えをしているのに、あなたの安直な嘘を見抜けないほど我々の目は節穴ではありませんよ。では、本題に戻りましょうか」


 役目は終わったと言わんばかりに、フリマランはブラッドに視線を送ると、ブラッドが慌てたように話の続きを始めた。


「それで、学校への赴任についてですが、イルゲンさんどうされますか」


「だからそれはダメだって」


 と、アイラが完全に声を張り上げる前に、フリマランが咳払いをして言葉を遮る。


「アイラさんは、どうしてもイルゲンさんと離れたく無いのですよね」


「そうです!」


「では、これはどうでしょう。アイラさんは一生徒として学校に来られるというのは? そうすれば、あなたも危険を冒しながら魔術の習得に励む必要が無くなりますし、第一にイルゲンさんと一緒に居られます、それに、他の選りすぐりの教師による授業も受けられますし、きっと世界一の魔術師になる助けになるはずです」


 それを聞いてアイラは目を輝かせる。


 今までのように隠れて魔術の勉強をしなくて良くなるのは勿論のこと、これまで通りイルゲンと一緒に居られるなんて、夢のような話だとアイラは考えた。


「勝手に話を進めないで下さい。私は愚か、アイラを学校に送るなんて話、ご両親の承諾を得ないで決めるべきじゃない」


 アイラには、イルゲンがこんなにもブラッド達の提案を拒む理由が分からなかった。


 フリマランの顔から先程までの笑顔が消え、冷徹な眼差しが剥き出しとなり二人に注がれていた。


「何か、勘違いをしてらっしゃる。ブラッドさんはお優しいから、一応あなた方の意見を聞くようなことをしています。ですが、これは決定事項です。あなた方には一切の拒否権はございません」


「それは少々、横暴が過ぎるのでは?」


 フリマランに臆すること無くイルゲンが言葉を返す。


「横暴? そもそも、本来であればあなた方は違法な魔術師として裁かれるべき立場です。ですが、それを不問にし、あまつさえ正式な魔術師として認めてあげるのですよ。感謝されることはあっても恨まれる覚えはありません」


 国の立場から見れば、確かに今回の処遇が破格であることはアイラでも分かった。


「よく言う。今まで散々魔術師の立場を独占して締め付けておいて、窮地に追い込まれると我々を都合良く使う。こんなことで一体誰が素直に応じると?」


 イルゲンからすれば、都合良く使われていると感じるのは当然だった。


 しかし、なおもフリマランは眉一つ動かさず話を続ける。


「おや、まるで我々が魔術を不当に独占しているような物言いですが、聞き捨てなりませんね。そもそも、国としては、その資格があると判断した者にのみ魔術師としての称号を与えております。そこには特定の層に属する人間にのみ与えるなどという決まりはありませんよ。つまり、今回の学校設立についても、なんら特別なことではありません」


「モノはいいようだな」


「どのように解釈して頂こうと、あなた方が違法な存在であることに変わりはありません。立場をよくお考え下さい」


 アイラには、イルゲンの怒りがよく理解出来た。しかし、それ以上になぜここまで国に協力することを拒むのか理解出来なかった。


「せ、先生。私は学校に行ってもいいかなぁ、と思うんだけど」


「ほら、アイラさんはよく理解しているみたいですし」


「あなたは黙っていてください。アイラ、学校に行くということが何を意味するのか分かっているのか? 行けば兵士として戦場に送られることになるんだ」


「分かってます。確かに国のやり方に不満を覚えない訳じゃないですけど、私達の力を必要としてくれるなら、私達の力で救えるものがあるなら、学校に行っても良いと思うんです」


 イルゲンの目をしっかりと見つめ、アイラはそう言った。


 それを聞いていたフリマランが、不気味な笑顔をイルゲンに向ける。


「本当に良くできたお弟子さんですね。ですが、お弟子さんの話を聞いてもまだ承諾頂けないのであれば、こちらにも考えがあります」


「考え?」


「もし、承諾頂けない場合、我々は対象を即時処刑する許可を頂いています。勿論、違法な魔術師に協力していたとして、ここの村民も同様に処分致します」


「なっ?!」


 あまりのことに言葉にならず、イルゲンは確認するようにブラッドの方を見た。


 ブラッドは、それに反応するように小さく口を開いた。


「その通りです。彼女、フリマランには、それが可能です」


「さて、どうします? いい加減長話も飽きましたし、はいかいいえでお答えください」


 イルゲンは、苦虫を噛み潰したような顔でフリマランを睨み付けると、チラッとアイラの方を見てブラッドに向き直った。


「......分かりました。お引き受け致します」


「ご理解頂けたようで何よりです」


 フリマランが勝ち誇ったように笑顔になった。

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