森の主
アランの心に諦めの感情がよぎった。魔獣が再び魔力を溜め込み、水のブレスを放つ瞬間が迫っていた。そして、その瞬間、轟音と共に強烈な水のブレスが放たれ、アランたちに向かって飛んでくる。
「くそっ!」
アランは思わず目を閉じ、最悪の結末を覚悟した。しかし、次の瞬間、周囲が突然霧に包まれた。柔らかく冷たい霧が舞い降り、視界を覆う。何が起こったのか理解できないまま、アランが目を開くと、目の前でブレスが何かに受け止められていた。
「これは…?」
ブレスは、霧の中で見えない何かによって阻まれた。水の流れが霧の中で急に弱まり、そのまま霧に飲み込まれるようにして消えた。
「まさか…」
アランが驚愕の表情を浮かべる。誰かが彼らを救ったのか、それとも別の力が働いているのか。ベルタも驚きながら霧の中を見つめ、ノアも警戒を解かずに周囲を見渡している。
エデルが剣を握りしめ、低い声でつぶやいた。
「これは…一体、誰の仕業だ…?」
霧の中から現れる何者かの気配が、徐々に彼らの前に迫っていた。
霧の中から現れたのは、巨大な黒い狼――それが「森の主」だった。その体は漆黒に輝き、まるで闇そのものが形を取ったかのような圧倒的な存在感を放っていた。強靭な筋肉が黒い毛皮の下に隠れ、どこか神秘的な光を放っている。目には穏やかな知性が宿り、森を守る者としての風格が漂っていた。
「森の主……本当にいたのか……」アランが驚きながらつぶやく。
その大きな黒い狼は、凶暴な魔獣を一瞬で圧倒するほどの力を持ちながら、彼らに対しては一切の敵意を示さなかった。エデルやベルタも、その神々しい姿を前にして呆然と立ち尽くしていた。
森の主が天を仰ぎ、大きく吠えると、空気中の風がまるで生き物のように動き出した。森の中に潜む全ての風の力がその巨体に集まり、黒い毛が一瞬、風と魔力の流れに揺れる。その力は次第に強力な渦を描き、目には見えないほど鋭い風の刃となって魔獣に向かって放たれた。
「すごい…!」
ベルタが息を飲む間もなく、風の刃は音もなく魔獣に襲いかかった。
その風の魔法は、ただの一撃ではなかった。空気そのものが魔力を帯び、巨大な刃が森の中を切り裂きながら、魔獣の体を深く貫いた。鋭い風が一瞬で魔獣を包み込み、あっという間にその動きを止めた。
魔獣が崩れ落ちると同時に、放たれた風は周囲に溜まっていた霧をも吹き飛ばした。先ほどまで視界を遮っていた濃い霧が、一気に晴れ渡り、木々の間から光が差し込み始める。
「……すべてを吹き飛ばした…」
エデルが信じられないという表情で呟いた。
晴れ渡った視界の中で、魔獣はその場に沈黙し、完全に力尽きていた。森の主は静かに魔獣を見つめた後、何も言わずに振り返り、霧の晴れた森の中を悠然と歩み去っていった。
「これが森の主の力か…」
アランがその光景を見つめ、言葉を失いながらもその威厳に感服した。
森の中は静寂に包まれ、霧が晴れた空気が彼らの周りに清々しい感覚をもたらした。
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