言い伝え
村にたどり着くと、アランはすぐさま飛行魔法を使い、風のように空を駆け抜けた。フリシータの街が見えると高度を下げ、目指すヴェースの建物へと向かう。仕事に集中しつつも、先ほどの魔獣との遭遇が頭から離れない。
ヴェースに到着し、アランはいつも通り荷物を受け渡した。アウスクレソンの鮮度はしっかり保たれており、依頼は無事に完了した。だが、彼はすぐに受付に魔獣との一件を報告した。
受付の係員は神妙な顔をし、メモを取るとアランに向かって言った。
「それは一大事ですね。上の者に報告しますので、少しお待ちください。」
アランは頷き、指示された通りに待合室の椅子に腰を下ろした。受付の喧騒を耳にしながら、魔獣が何を狙っていたのか、そして今後の輸送業務に影響が出ないかを考えながら待つことにした。
魔獣とは、魔法を扱うことができる動物の総称であり、体内に魔力器官が発達している種や、突然変異によって魔法を使えるようになったものを指す。通常、魔獣は自然界の中で魔法を使って生存を有利に進めるが、彼らの中には攻撃的な個体もいる。
普段、フリシータ周辺では人を襲うような魔獣はほとんど現れないため、今回のような出来事は異例だった。輸送中に魔獣と遭遇したこと自体が珍しく、アランはその異常事態に対して警戒を強める必要があった。
少し待っていると、受付の係員がアランの名前を呼んだ。
「アランさん、こちらへどうぞ。詳しい話を聞かせていただけますか?」
アランは立ち上がり、案内された部屋へと向かった。中で待っていた人物は深刻な表情でアランを見つめていた。
「初めまして。ヴェースの安全管理部門を担当している、レンブラントだ。今回の魔獣について詳しく聞かせてもらおうと思っている。」
レンブラントはアランを促しながら、手元のメモ帳を準備した。彼の表情からは、これが単なる調査ではなく、非常事態の対応を見据えた真剣なものであることが伝わってくる。
アランは深呼吸を一つし、魔獣が現れた場所、特徴、そして襲撃された際の状況を、細かく冷静に説明していった。
「魔獣は、今朝、ストロメンドの森の村から魔法植物農場へ向かうけもの道で現れました。森が深く、見通しが悪い場所で、突然背後から襲われました。体は黒い毛で覆われていて、体全体が夜のように不気味に輝いていました。攻撃を仕掛けてきたとき、鋭い爪でこちらを狙ってきました。」
レンブラントはアランの話を真剣に聞きながら、時折メモを取っていた。
「この辺りでは普段、人を襲う魔獣はほとんど現れないはずですが……何か異常が起きている可能性もありますね。」
アランの話を聞き終えると、少し考え込みながら言葉を発した。
アランが魔獣との遭遇を報告し終えると、レンブラントは静かに頷き、森の主について語り始めた。
「ストロメンドの森には昔から『森の主』と呼ばれる強力な魔獣がいるという言い伝えがある。この地域の住民たちからは、森の守り神として恐れられ、同時に信仰の対象にもなっている存在だ。水と風を司り、その力を使い森を治めるとされている。」
レンブラントは一度視線を落とし、思案するように言葉を続けた。
「夜が如き黒き体に鋭い爪、まさにその特徴を考えると、君が遭遇した魔獣が森の主である可能性は高い。ただ、森の主は普段、人を襲うようなことはしないと言われている。それどころか、森を荒らす者を追い払うために動くというのが一般的な伝承だ。」
レンブラントは一瞬考え込むように沈黙し、それから続けた。
「今回の魔獣の行動が、果たして本当に森の主のものなのかはまだわからない。住民からの信仰の対象としても大事にされているため、下手に手を出すことはできないが、このまま放置するわけにもいかない。何かが森の主に異変をもたらしたのかもしれないし、全く別の存在という可能性も考えなければならない。」
アランはレンブラントの話を聞きながら、森で遭遇した魔獣の特徴と一致している点が多いことを確認した。しかし、何かが引っかかる。普段、人を襲わないはずの存在が、なぜ自分に襲いかかってきたのか。
「特徴は一致しているが、本当に森の主なのか……」
アランも、頭の中でその疑念が深まっていた。
「何にせよ、街や村を守るためにも、早急に対処しなければなりません。これ以上、被害が出る前に。」
レンブラントは決断を下した様子で、力強く言った。
「冒険者ギルドに依頼を出して、すぐに討伐をお願いしよう。アラン、君もそのために冒険者ギルドへ報告するためについてきてくれないか。」
アランは了承し、早速冒険者ギルドへ向かうために席を立った。
アランはレンブラントの指示に従い、共に冒険者ギルドへ向かうことになった。二人はヴェースの建物を出ると、早朝の静かな街を歩き始めた。フードフェスの準備で街は徐々に活気づきつつあったが、まだその喧騒は控えめで、通りにはほんの少しの商人や早起きの住民たちが見える程度だった。
「今回の件、魔獣が再び出てくる前に解決しないとな。」
レンブラントは少し険しい表情でそう呟いた。
「ええ、特にフードフェスの間は、街道を行き来する人が増えるので、早急に対応する必要がありますね。」
アランも答えながら、ギルドに向かう道を急いだ。
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