森の魔獣

 魔法植物の輸送を担当する日々も、折り返し地点を過ぎたころ。この仕事にもすっかり慣れ始めていた。いつものように作物を受け取り、農場を後にする。この日の作業も順調に進んでいるはずだった。いつものように作物を受け取り、アランは農場を後にした。今回も鮮度を保ちながら、急いでヴェースへと届ける必要がある。


 朝日がようやく森の木々の間から差し込み始め、薄暗かった道が少しずつ明るくなってきた。毎回通るけもの道も、アランにはもう馴染んだものだ。木々が視界を遮る狭い道でも、アランは淡々と進み、足元にしっかりと意識を集中させながら歩いた。


 朝日を感じながら、静かにけもの道を進んでいた。足元の土はしっとりとしており、森の湿気がまだ冷たい空気に漂っている。いつも通りの静かな森、そして変わらない作業。だが、今日はその静寂が、どこか不穏なものに感じられた。


 不意に、背後から鋭い風を切る音がした。とっさに振り返りながら、アランは左手に持っていたトランクケースをすばやく構えた。


 ――ガキンッ!


 鈍い衝撃がトランクケースに響き、アランは大きく後ろに吹き飛ばされた。素早く手を地面につけ体勢を立て直し、周囲をすばやく見回したが、奇襲を仕掛けた何者かはすでに姿を消していた。重い気配だけが森に漂っている。どうやら、襲撃者は一度仕掛けた後、再び森の中に身を潜めたようだ。アランは慎重に辺りを見渡しながら、次に備えて身構えた。


 森の静寂が不気味なほど耳に響く。だが、アランは焦らず、気配を探り続けた。すると、森の奥深くから低い唸り声が聞こえ、木々の間から巨大な影が姿を現した。


「……魔獣だ。」


 その黒い毛に覆われた姿は、まるで夜の残り香を纏っているかのように不気味に輝いていた。


 アランはトランクケースを持った左手を軽く振り、足元の地面にしっかりと構えた。このトランクケースはただの荷物を運ぶ道具ではない。いくつもの機能が備わった魔道具であり、その機能の一つとして魔力を貯蓄しておくことができる。そして彼の右手に装着された手袋もまた魔道具であり、トランクケースから魔力を引き出し、即座に攻撃に転じるためのものだった。


 魔獣が低く唸り声を上げ、こちらに狙いを定めてくる。アランは深呼吸を一つし、右手をかざすと、手袋が魔力を感じ取ってほのかに光を放った。


 魔獣が鋭い爪を振りかざし、アランへと襲いかかる。彼はトランクケースでその一撃を受け流し、魔獣が一瞬の隙を見せたその時、右手を魔獣の腹部に向けて突き出した。魔力が溢れ出し、至近距離で強烈な魔法が炸裂する。光とともに衝撃が広がり、魔獣が苦しげな唸り声を上げた。


 アランは続けてもう一撃を狙おうと身を引き締めたが、魔獣は一瞬で体をひねり、素早く後方へ跳び退いた。低い唸り声を残しながら、魔獣は森の奥へ逃げていく。


 アランはすぐに追うことも考えたが、魔獣が狙いを外れた今、この場で無理に追う必要はない。魔獣の気配が遠ざかるのを確認すると、アランは肩の力を抜き、深く息を吐いた。


「ふう、なんとか……」


 彼はトランクケースをしっかりと手にし、もう一度周囲を確認した。魔獣が姿を消したことを確信し、急いで村に向けて再び歩き出した。

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