魔法植物農場への道

 アランは未明の静けさの中で目を覚ました。窓の外はまだ暗く、街は眠りについているようだった。けれど、彼にはこれからの仕事が待っている。魔法植物の輸送は早朝に行うのが鉄則だ。鮮度を保ち、その力を最大限に引き出すためには、日が昇る前に行動を開始しなければならない。


 外に出ると、街の通りはまだ閑散としていた。人の気配はほとんどなく、どこか別の世界に足を踏み入れたような感覚が広がる。運河の静かな水音がかすかに聞こえ、その音が静寂を際立たせている。冷たい空気が頬に触れ、早朝の凛とした雰囲気が彼を包んだ。


 アランは街の外へ出るために、関所へと足を向けた。道中、街の建物は闇の中に沈んでいるように見えるが、ところどころに灯る明かりが、街の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。関所に近づくと、わずかな明かりの下で兵士たちが警戒を続けているのが見えた。


 彼は関所に立つ兵士たちに軽く挨拶を交わし、身分証を見せて街を出る許可を得る。眠そうな目をした兵士たちが手続きを済ませると、門がゆっくりと開かれた。


「ご苦労さまです。お気をつけて」


 兵士の一人がそう声をかけてくれた。アランは軽く頷き、町を後にした。背後でゆっくりと門が閉じる音が聞こえ、再び静寂が訪れる。空はまだ薄暗く、夜明け前の世界が広がっている。未明の静謐の中、小さく息を整えた。薄暗い空を見上げながら、一瞬だけ意識を集中させる。深呼吸を一つし、気持ちを切り替えると、静かに呟いた。


「さあ、仕事だ」


 軽く地を蹴って飛び上がった。整備された広い道を見下ろしながら、彼は飛行魔法で静かに移動した。冷たい風が頬をかすめ、足元に広がる道がゆっくりと後ろへ流れていく。


 首都へ続く街道は、まだ月明かりが淡く照らす中に静かに伸びていた。運河の横に沿うように敷かれたこの道は、フリシータへ向かう道とは違い、ずっと立派な作りになっている。広く整備された石畳の道は、運河の水面と並んで遠くまで続いている。


 道沿いには等間隔に街路灯が立ち並び、柔らかな光で照らしている。灯りは月明かりと混ざり合い、街道に幻想的な雰囲気を与えていた。アランはそんな街路灯を目印にしながら飛ぶ。空から見ると、街道がまるで光の帯のように、淡く輝きながら首都へと導いているのがわかる。


 空の高みから見下ろすと、街路灯の列が運河の輝きと共に街道を縁取っていた。まだ人の姿は見当たらず、街道全体が月の光と街路灯の淡い光に包まれている。アランはその光の道を頼りに、飛行魔法で静かに進んでいく。足元の石畳と、運河に映る月の光を横目に、彼は依頼の農場を目指した。


 しばらく飛んでいると、運河の支流に差し掛かり、街道が分岐する場所に近づいてきた。アランは高度を下げ、ゆっくりと地面に降り立つ。ここから先は村へ続く小さな道を見失わないよう歩いて進むことになる。


 村へと続くこの道は、街道に比べて狭く、周囲には木々が生い茂り、早朝の冷たい空気が漂っている。足元には朝露が輝き、踏みしめるたびに草がしっとりと音を立てた。


 アランは村に到着し、辺りを見渡した。まだ朝が早いせいか、村は静かで人の気配がほとんどない。ここから先は、村を抜けて目立たないけもの道を進まなければならない。この道は外からはぱっと見ではわからず、まるで獣たちが作り出したかのように自然に溶け込んでいる。


 前日に組織から聞いていた位置情報を頭に浮かべ、慎重に歩き始めた。農場は魔法によって隠されており、その場所を知る者でなければ見つけることはできない。周囲に気を配りながら、けもの道をゆっくりと進む。農場の位置が知られないように細心の注意を払いながらの移動だ。


 魔法植物は賊に狙われることも少なくない。そのため、農場の場所も秘匿されている。アランが歩いているこのけもの道も、ただの自然道に見えるが、実は巧妙に隠されたルートである。


 このような依頼は、例年であれば組織の運送士たちが対応していたものだ。しかし、フードフェスの影響で依頼が殺到しているためか、外部の運送士であるアランにまで周って来た。


 道を見失わないように気を配りながら進んでいくと、やがて魔法の隠蔽が解け、目の前に農場が姿を現した。近くにいてもその存在すら感じさせない場所が、今は静かに息づく魔法植物が一面に広がっている。アランはその景色を見て、軽く息をつき、農場の入口へと足を進めた。

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