新しい夢

巨大杉の木

全編 新しい夢

高校二年生の夏。私は本当の夢を見つけた。いや、本当の夢を思い出した。


 七月の半ば、外は殺人的な暑さで蝉すらも鳴いていない。それなのにも関わらず、部活は中止になるどころか次の大会に向けて練習は厳しくなっている。去年もほぼ同じような状態であった。そのため、同級生の部員もこの時期の大会が終わると急激に減った。私も正直辞めたかった。けれども、辞める訳にはいかなかった。私の将来の夢は体育教師だ。なぜなら、運動も勉強も割と得意な自分に向いている職業だと思ったからだ。そのため、体育大学を目指している。受験に向けて部活での成績と体力が欲しかったから辞めなかった。


 夕方になり少し涼しくなってきた頃にようやく過酷な練習が終わった。私は一刻も早く帰りたいから誰よりも早く片付けに飛びつき、他の部員にも先輩であろうと片付けをしようとしない人には積極的に声をかけた。面倒くさい片付けも終わりが見えてもう直ぐ帰れるとウキウキしてた頃、誰かに肩を突かれた。どうせ後輩か同級生だろうと思って振り向くと、そこには顧問が居た。私は顧問に他の部員の目につかないところに連れてかれた。

「なんですか?」

「もうすぐ三年が引退だから二年から新部長を決めたいんだけど、中西に引き受けて欲しくて。成績も他の奴らよりも断然良いし、声掛けも積極的にしてくれるし。お前なら勉強も疎かにするようなことはないだろうし。」

私は複雑な気持ちであった。人の前に立つような役職はどちらかと言えば好きな方であったから嬉しいという気持ちがある反面、受験目当てで部活に力を入れているような人間が前に立っても良いのだろうか、もっと試合の成績が良い人もいるし本当にテニスが大好きでこの部活に入った人もいるからそういう人に任せるべきではないのか、本当に私で良いのだろうかという戸惑いの感情もあった。戸惑いが八割を占めているが二割の嬉しいという感情のせいで私の感情は複雑になっていた。

「どうだ?引き受けてくれるか?」

「先輩方の引退試合が終わるまでには結論出すのでそれまで考えさせてくださいっていう選択肢はありですか?」

「もちろん」

「わかりました。ありがとうございます。」

「期待してるぞ!」


 部活が終わり、私は帰路に着いていた。たたでさえ重い部活用リュックが更に重く感じる。いつものように電車に乗り、乗ったところとは反対側のドアの付近に行き、リュックを肩幅に開いた足の間に置き、そこからスマホを取り出して壁に寄りかかった。そしていつものように意味もなくSNSで動画を見る。そして、意味もなく動画をスワイプする。いつも最初の方は楽しい気がするが次から次へと動画を見ていく度につまらなくなっていく。まあ、暇つぶし程度のことだから別にあまり気にしていないが。しかし、今日は“つまらない”という感情に至るのも束の間である広告が私の心を輝かせた。


“ Lucky♡Happy!!グループ結成十五周年記念!!第五期生オーディション開催中”


“募集要項 小学四年生〜高校二年生の女子”


“ダンス、歌が未経験でも大丈夫!”


“Lucky♡Happy!!が大好きな人、歌、ダンスが好き、得意な人、自分を変えたい人など大募集!詳細はこちらのボタンから!”


 先ほどの疲れや重みなどはこの広告を見たお陰で全て吹き飛んでしまった。私はこの広告を見終わった後すぐさま動画内で言ってた“こちらのボタン”、すなわち“詳細を見るボタン”をタップした。すると募集要項や応募方法、審査方法など様々な情報が掲載されていた。私は勢いのあまり、これらの情報をあまり読まずに応募フォームと書いてあるところを押してしまった。必須事項として名前、住所、顔写真、全体写真などがあることはもちろんフリー写真やSNSの URLまで必須だった。アイドルの戦いは書類選考の時点で始まっているということを痛感した。

“高二ならギリ行ける、私も入りたい”

けれども私は強くそう感じた。そうこうしているうちに自宅の最寄り駅に着いてしまったのでスマホをリュックの中に入れた。続きは家に着いてからじっくりと読むことにした。

 家に帰ってきて、部活でかいた汗や汚れをシャワーで落とし、部活後の練習着よりも圧倒的に清潔な部屋着に着替えた私はすぐさま自分の部屋へ行き、ベッドにダイブした。普段の私ならこの時点で寝落ちしてしまうが、今日は違った。眠いのを我慢し、スマホを片手に持ち、電車でみたあの広告動画を自ら検索した。そして、改めて“Lucky♡Happy!!”のオーディション詳細を熟読した。

“一次審査 書類選考”

“二次審査 面接”

“三次審査 実技”

“オーディションは、必ず保護者の方の許可を貰ってください”

電車の中で見落としてた項目の中で、保護者に許可を取らないといけないという趣旨の項目が目に焼きつく。反対されるに決まってる。もう高校二年生にもなるのに現実を見れてないなんて。自分の顔面がアイドルになんてとてもなれるような顔ではないということ、ダンスも歌もあからさまに実力不足だということ、将来の夢はもう決まってる、今更変えるなんて…それも、非現実的なもの。全て、全て、、、分かっているのに!……。それでも、私はどうしてもこのオーディションを受けたい。きっと、一時的に気分が舞い上がっているのだろう。少し寝たら、夢から覚めてどうでも良くなる。そうだよ。こんな一時的な気分に惑わされてないでさっさと寝よう。そうして、私はスマホを手放し、眠りについた。

 二時間目が終わり、私は紅白帽子を被って外に行く準備をしていた。そのとき、誰かに肩をトントンされた。後ろを見るとそこには友達のカナとヒトミがいた。「ねー、琥珀!Lucky♡Happy!!の曲踊るよ!カナとヒトミと琥珀で!」

「えっ、でも外で遊ばないと先生が……。」

「ふーん。じゃいいよ。カナとヒトミと2人でやるから!」

「いやだ!私もやる!」

本当は業間休みは校庭に出て遊ばなくてはいけないが、踊りたいがためにこう言ってしまった。

「じゃあ、誰が誰やるか決めよう!カナがせーのって言ったらだよ!」

「いくよ?せーのっ」

「リジュ」「リジュ」「らにゃ」

リジュは一番人気のメンバー。カナと被ってしまった。

「やったー!私、らにゃ決定!2人はどうする?」

「カナ、絶対リジュやる!有栖川は絶対嫌!」

「私も嫌!」

「え〜、琥珀はリジュやるよりも有栖川やる方が絶対向いてるって!歌下手だし!ね?ヒトミ?」

「ん〜、琥珀ちゃん、可愛いけど、歌よりもダンスが得意だからね!」

「わかったよ…。」

 「有栖川……。」

あれ?どうして私は自分のベッドで寝てるんだろう?さっき外行こうとして、カナに止められて、強制的に有栖川、、、、違う!夢だ。さっきの。小学生の頃の。私はダンスが得意っていうだけで、一番不人気だけどダンスは上手いっていうメンバーの有栖川を強制的にやらされていた。夢に出てきたカナもヒトミも中一以来会ってない。会っていないというか、カナの傲慢さとそれを助長するヒトミが嫌で自ら距離を取ったっていう話だけど。私、本当にLucky♡Happy!!入りたいのかな……。といっても、もう今のメンバーほとんどわからないけど。ところで、私がハマってた頃のメンバーはまだ在籍しているのだろうか。有栖川は流石に引退してるだろう。リジュはどうだろう。リジュに関してはもう年齢も年齢だけどあれだけビジュアルが良ければまだまだ現役で通用しそう。らにゃはもうメンバーではないけど、インフルエンサーとしてSNSで注目を浴びてる。私は再びスマホを片手に持ち、当時のメンバーについて一人ずつ調べた。

“有栖川 (本名:有栖川 京佳アリスガワ キョウカ)

加入年:2008年10月3日(当時10歳)

生年月日:1998年5月10日(現在25歳)

有栖川との愛称で親しまれている有栖川京佳さんはLucky♡Happy!!の古株メンバーの一期生。他に無く、力強いダンスパフォーマンスがなんと言っても有栖川さんの魅力です。デビュー当時の頃はまだ最年少でしたが、今やグループをまとめるお姉さん的存在!彼女のこういう部分を『尊い』というファンの方もいらっしゃいますが、中には『まだやってんの?』『現実見ろ』『他のメンバー小中学生なのにw』というようにSNS上で叩く人もしばしば……。Lucky♡Happy!!自体、グループの人気が出るにつれてグループの若年化が進んでしまったため仕方がないと言えるっちゃ言えるって感じですが……。そんなアンチにも負けず、日々Luck♡Happy!!としての活動を真摯に取り組むところから有栖川さんの力強さを感じますね。また、数年前に難関私立大学を卒業したことから高学歴ということにも注目を浴びています!今後とも有栖川さんの活躍が楽しみですね!”

“リジュ (本名:宇野 莉珠 ウノ リズ)”

加入年:2012年11月6日(当時11歳)

卒業年:2019年3月31日(当時17歳)

生年月日:2001年6月7日(現在22歳)

リジュという愛称で親しまれていた宇野莉珠さんはLucky♡Happy!!の元メンバーで2期生として活動されていました。宇野さんといえば、現役時代は当時の女子小学生が一度は皆、必ず憧れると言っても過言ではないほど凄まじく人気でしたよね!今の女子高生の中には『リジュになりたい!』なんて言ってた人もいるのではないでしょうか?人気だった理由として、顔が可愛いということはもちろん、なんといっても、あの!圧倒的な歌唱力も兼ね揃えていたからということが挙げられます!そのため、同期はもちろん、1期生を追い越してしまうぐらい人気メンバーでした!さて、2019年にグループを卒業してしまった宇野さん。事務所公式サイトには『学業に専念するため』としかなく、本人もそれ以上のことは言ってないので真相は分かりませんが、時期的に大学受験がグループ卒業の要因だと考えられます!そして、宇野さんの最終学歴ですが、残念ながら情報が見つかりませんでした……。

 宇野さんがグループを卒業してから、しばらくの情報はありませんでしたがなんと!近年、宇野さんはミュージカル女優として活躍されていることが明らかに!あの歌唱力、あの美貌であるならば納得ですね!

“らにゃ(本名:村岡 羅奈 ムラオカ ラナ)

加入年:2013年11月9日(当時13歳)

卒業年:2019年3月31日(当時18歳)

生年月日:2000年8月9日(現在23歳)

らにゃという愛称で親しまれていた村岡羅奈さんはLucky♡Happy!!の元メンバーで3期生として活動されていました。村岡さんはグループは卒業されたといえど、今やSNSでインフルエンサーとしてバラエティー番組に引っ張りだこです。世代でない人も『らにゃ』という名前は聞いたことあるのではないでしょうか?村岡さんの魅力は、なんといってもあのトーク力です!当時から他の芸能人にも『らにゃがいると話が途切れることが全くない!』『プライベートでも面白すぎるw』『中学生の時点でアレは凄すぎw』と称賛されていました。また、ファンからも『らにゃがいる番組は絶対神回』『らにゃがいるなら絶対滑らない!』『初回のバラエティーは絶対らにゃを出すべきだろw視聴率稼げるぞ!』などとも言われていました!

 2019年に卒業してしまった村岡さん。グループは卒業したのにすぐに元Lucky♡Happy!!を名乗り、SNSでの活動を始めたがために『Lucky♡Happy!!を踏み台にしたのでは?』と叩かれることもこともしばしば。しかし!今もご自身が在籍してたときの曲や卒業されてからの曲も歌ったり踊ったりしているのをSNS上でupしているので“踏み台にしていた”とは考えにくいと思います!今後ともインフルエンサーとしての村岡さんの活躍が楽しみですね!”

 一通りまとめサイトに目を通した。小学生の頃有栖川は1期生ということで年齢が上に見えて嫌っていたが、改めて見ると二人と対して年齢は変わらないことに気づいた。そして当時から年齢のせいで不人気で今も叩かれているけど10歳の頃に加入していたということは今からオーディションを受けたいと思っている私なんかよりも断然まともだ。17歳なんてもうグループを卒業するような年齢だ。運営側は小4〜高2まで募集なんて謳っているけど便宜上そう言っているだけで、実際に欲しいのは小学生に決まってる。私が受けても受かるはずがない。わかってはいるものの興味本意で誰かに私が受かるかどうか訊いてみたくなった。私はスマホでLINEの画面を開いた。そして、最後に動いたのが四年前のグループチャットを開いたが、しばらく画面と見つめ合った後、すぐに画面を変えた。あの二人は既読は早いけどすぐに否定的なことを言うに違いない。一人は“今からうけるの?”とか“周り小中学生しかいないのに?”とか“今更Lucky♡Happy!!に憧れるとかw幼稚すぎw”というような感じに。もう一人の場合なら“確かにそうだよ。憧れるのはまぁわかるとしてさすがにこの年齢じゃきついんじゃないかなぁ”“あっ、でも琥珀ちゃんならダンス審査までは行けるのかな?受かるのは厳しいかもね。”とか。二人目の方が一瞬だけ私を肯定してくるけど結局はもう一人のことを助長しているから余計にタチが悪い。興味本意で訊きたいはずなのに私は肯定的な意見を求めていた。

“この子なら全面的に肯定してくれるはず!”

そう思い、私はその子の個人チャットを開いた。この子は中学の頃に部活で仲良くなった子だ。高校は離れてしまったが、今でも一緒に遊びに行くような仲で部活の大会でもよく会うしその都度会話が盛り上がる。この子なら絶対に肯定的な意見をくれるであろう。そうして私は大親友ちゃんの早苗にメッセージ送信をしようとした。

“Lucky♡Happy!!って知ってる?”

“仮に私がこのオーディション受けたとしたら受かると思う?もしもの話だからね?”

とりあえずこう送信した。早苗は既読はだいぶ遅い方だが、いつも丁寧に返事をしてくれる。そして相談をしたときはいつも肯定的な意見をくれる。今回も早苗の返事が楽しみだ。

ふと、気になったので現役メンバーについての情報を調べることにした。

“Lucky♡Happy!! メンバー 現役”

そう、検索欄に入力した。けれども、ネットが重すぎる。画面には検索の欄と私が入力した字しか写っていない。何分も何分も固まってしまっている。

「琥珀ー!ご飯!」

階段の下から母親に大声でそう言われたため、仕方なく降りた。けれども、食卓にはまだ一品も置いていない。私は母親から夕飯の品や食器を受け取り、黙々と食卓に置いていった。父親はテレビばっかり見て全然手伝ってくれない。

「看護師か。いいなぁ。琥珀も看護師目指せば?給料高いしお父さんは良いと思うけどな〜。」

「は?無理。死体とか血とか絶対嫌。」

「お前の意見、無理矢理琥珀に押し付けるんじゃないよ。琥珀はもう既に夢決まっているもんね〜!」

「うん。」

「おっ、なんだ?なんだ?」

「体育の先生って前お父さんもお母さんと一緒に聞いてたじゃん!」

「そうだっけ?ごめんねぇ↑ごめんねぇ↑」

「ウザ。」

「だから、琥珀部活頑張ってるんじゃん、娘のこと見てないとか最悪すぎる父親だね。ところで部活の調子はどうなの?」

正直こう言ってる母親も私の部活に関してあまりわかっていない

「まあ、ぼちぼち。勝ち進んだからまた大会ある。」

とりあえず、こう答えておいた。

父親には聞こえないぐらいの微かな声で言った。そう、私の夢は体育教師なはず。そのために今まで部活を日焼け止めを塗っても黒くなってしまうぐらいに頑張ってきたはず。なのに、今の私にとって将来の夢と訊かれ“体育教師”と答えるのはどこか胸がつかえる気がした。おそらく嘘をついているわけではないのに。

 夕食を食べ終えて、再び自分の部屋のベッドに行き、またもスマホを片手に持った。検索途中で放置したままだったはずの画面は真っ黒になっていた。しかたないからもう一度電源をつけた。

“さなえ から新着メッセージがあります。”

ホーム画面には新しくこう、表示されてあった。そこをタップして早苗と私のチャットのページを開いた。

“Lucky♡Happy!!ってあれ?リジュとからにゃとか有栖川とかの?”

“ん~、琥珀可愛いしダンス上手いし受かりそう!”

可愛いなんて初めて言われた。

“なんならもうノリで応募しちゃえば?”

“ノリで応募しちゃえば?”か。多分、ネタで言ってるんだろうけどね。それでも案外“ノリで”っていうのも良いかもしれない。

私はとりあえず“ノリで”を言い訳に、自撮り写真を撮ってみた。

今日、私には夢が新しくできた気がする。けれど、それは非現実的なものである。それは自身が一番把握しているはず。ならば今はとりあえず、“ノリで”っていう言葉を盾にして掛け進んでいこうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新しい夢 巨大杉の木 @kakiharad

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画