記憶

 どうしようもない国だったのを覚えている。

私が生まれた国は内紛とやらが頻発しており、とても人が住めるような状況になかった。

人々は互いに対立し、略奪し合った。当然だ、そうしなければ自分と家族がまともに生きていけないのだから。

政治家どもは私腹を肥やし、経済と金の全てを自らのものにした。経済の不健全さと貧富の差の二極化を奴らは嘲笑った。きっと奴らは自らの地位に何ら疑問を抱いていないのだろう。だって奴らにとって我々は足の生えた畜生なのだから。

 父と母は高級官僚であったのを覚えている。それなりの地位の人間だ。だからなのか祖国の未来を憂いていた、同時に腐敗しきった政府に怒りを覚えているようだった。両親は当てにならない政府の代わりに自ら立ち上がり行動した。民衆に寄り添い、貧困の原因を取り除くことに尽力していた。内紛に対しても手を尽くし、ごく少数派だが手を取り合う人々がいた。僅かだが確かによくなった。賛同する仲間たちも増えていった。笑顔が少しずつ戻っていくのだと希望を抱いた。

だが以前として状況が一変することはなかった。地に張る根はあまりに深く、その牙城の楼閣は堅固であり盤石だった。次第に不信感を抱く者が出てきた、仕方のないことだと思う。

説得を試みるが全て無駄に終わった。当然だ、明日を生きる彼らに未来は余りにも遠すぎた。

ある日、それまで付き従っていた集団の一部が反旗を翻した。大方、政治家にとって両親が目障りであり、自らの地位に固執する亡者が策を弄し、脅すか籠絡して裏切らせたのだろう。彼らに罪は無い、ただ利用されただけだ。

国は我々をテロリストとし、諸悪の根源だと嘯くと、聖戦だと喧伝し我々を殲滅していった。文字通り一人も生かさず殺しいった。それでも付き従う者う同胞達はいた、諸悪は国のシステムにあると最後まで人々に呼びかけていた。

だが全ては無駄だったのだ、国を民を敵に回し生きてはいけなかった。

結局、父と母は国家反逆罪で処刑された、私が逃げられたのは運が良かったこともあるが、必死に逃してくれた同胞達の尽力によるところが大きかった。


 草木が絡まり人々の生活が色褪せた廃墟にて私はただ立ち止まり困惑していた。助かった事実も両親が死んだ悲しみも全て忘れ、ただ裏切られた事実に困惑していた。貧困を紛争を政治を国を良きものに変えようとしたが、享受する民草に裏切られたのだ。意味がわからなかった。

ぽっかりと空いた心に、次第に忘れていた事実が流れ込む。心が苦しくなっていった、両親が死んだ事実に泣きたかった。だが、泣かなかった。泣いてしまえば何かが崩れるような気がした。涙を堪えるために、崩れそうになる自分を支えるように、私は心を憎悪で埋め尽くした。嘆くように憎んだ。国を裏切り者を両親を殺した全てを助けてくれなかった人々を。怒りに心を委ねた。燃やし尽くしてやりたかった。その日から憎悪の炎が我が身を全てを飲み込んだ気がした。そして私はただ憎悪する感情に従うように再び歩み始めた。

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望みが果てに @desifall

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