第19話 自分語りをしても?

 そのあと、写真展の具体的な会期とか、山田を忘れるなのSNSアカウントとか、そういう細々とした諸情報を詰めたあと、車椅子ちゃんは定型文のカンペを掲げた。


(不眠通信は隔週発行なので、掲載はだいたい二週間後です。原稿執筆の状況は追ってディスコードアカウントで連絡を入れますね)


「承知です」


(あ、それから普段使ってるアイコン画像があればご提供頂けますか)


「なら、今撮ってもらってもいいですか?」


(あ、はい)


 車椅子ちゃんはカメラを取り出し(私の視点と同じ高さまで来れますか)と問う。山田は「ではここで」と言うとおもむろに飛び立ち、あたしの肩に停まった。


「おい、止まり木だと思われている」


(お姉さん、もう少し屈んで!)


「こう?」


(ちょい上)


「腰への負担がやばいっての」


 車椅子ちゃんは、あたしの肩に停まった山田にレンズを差し向けた。


 ぱしゃり。


 シャッターが降りて、車椅子ちゃんがあたしや山田に画面を見せてくれる。望遠のズームアップで撮ったハクセキレイの顔が、画面いっぱいに写っていた。正直、それが笑っているのか無表情なのか、あたしにはわからなかった。鳥類の美醜についても、然りだ。


(これで記事に使っても)


「構いませんよ、一発撮りなのによく撮れています」


(ありがとうございます)


 車椅子ちゃんが、ちらとあたしを見やる。


「何よ。あたしは何も言ってないじゃない。上手に撮れてると思うよ」


 車椅子ちゃんは、ぱあっと明るい顔を浮かべた。


 なんか、拍子抜けだな。


 これで取材は終わりなのだろうか。粗相と言えるような粗相はなく、至って平穏無事にコトが運んでいるような気がする。だいたいあたしが読んだ不眠通信の最新号は、こんな書き方じゃなかった。それにそもそも、取材相手の同意やプライバシーを重んじるような取材手法を、車椅子ちゃんはあたし相手には取ってくれなかったのに!


 何か引っかかる。けれど、平穏はあたしが望んでいた顛末でもあるので、その違和感をうまく言語化して彼女に抗議を申し立てることは難しかった。


 車椅子ちゃんはカメラの画面を見やりながら、何かを考え込んでいた。


 あたしは肩に乗せた山田とぱちくり目配せを交わしてから、


「どしたの」


 と彼女に問うた。


 車椅子ちゃんはカメラをしまい、万年筆のインクを空中に伸ばして筆談した。


(山田を忘れるなさんは、どうしてハクセキレイのアバターを?)


 おい、それは一番最初に聞いたでしょうに。


 なんで二度聞きした?


 実際、山田も戸惑ったように言った。


「ですから、昔は美少女アバターだったけど加齢に応じて……」


(たった半年で加齢の実感って、そんなに重くなること、ありますか)


 あたしは「あ……」と息を呑んだ。


 たしかにそのとおりだ。


 山田を忘れるなは、VRSNS歴はたったの半年だと自分で言っていた。


 夢の中であたしたちが身にまとう3Dモデルの分身、つまりアバターは、言うなれば本人の理想やコンプレックスを反映した姿だと、あたしは考えている。たぶんだけど、車椅子ちゃんもそうだ。モデリングの技術や市販アバターを購入する懐事情さえ考慮しなければ、夢の中では誰もが好きな姿をとることが出来る。


 もちろん普段使いのメインアバターがころころ変わる人だっているだろう。より良い姿になりたいという願いを叶えるのに、夢ほど適した環境はない。


 とはいえ、とはいえだ。


 山田は美少女でありたいという気持ちはまだ持っていて(この夢の中ではそれは真っ当な願いの一つだと少なくともあたしは思う)、その上で理由を加齢と言っているのだ。たった半年で美少女を諦めて小鳥になるというのには、その理由は少し無理があるというか、押しに弱い。車椅子ちゃんはそう言いたいのだろう。


 山田はしばし戸惑ったように沈黙をしたあと、くちばしを開いた。


「この夢では、誰もが好きな姿を選べると聞きました。好きにけちをつけられるんですかね」


(ワタシは、そういうつもりでは)


 ちょっとだけ、この夢の居心地が悪くなった気がした。車椅子ちゃんも少しばつが悪そうな顔を浮かべたが、すぐに覚悟を決めたように、鏡文字による空中筆談を再開した。


(少し、自分語りをしても?)


「どうぞ」と山田。


「別に匿名掲示板じゃあるまいし」とあたし。


(ワタシが、夢の中なのに車椅子を使っているという理由の一つのお話です)


 少し字が粗雑に見えたのは、長い文を速記したから、万華鏡の通信ラグか、あるいは。


 車椅子ちゃんは万華鏡を操作。


 すると車椅子ちゃんの姿が掻き消え、アカウント名を示すネームプレート表示と、アバターを変更する際に表示されるローディング表示だけがその場に残った。サーバープロセシング、ダウンロード、ローディング、アンパッケージング、一連の通信や読み込みが十秒ほどかけて行われて、車椅子ちゃんの分身が再構築される。


 ――そこに立っていたのは、車椅子に頼らず、二本の足で地面を踏みしめて立つ健康的な女子中学生の姿そのものだった。


 すらりと清廉に立つセーラー服姿の童顔の少女。色のわからない髪は、肩に触れるか触れないかのセミロング。身じろぎをするとスカートの裾やセーラーカラーが揺れ、切りそろえられた前髪の向こう側で長いまつ毛がふるりと震える。


 車椅子ちゃんは再び虚空から黒と金の万年筆を取り出し直すと、


(これがワタシが半年前まで使っていたアバターです)


 そう言い切った。

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