第18話 究極の聞き上手

 彼女は山田に向き直り、


(まずは、個展を開くことになった経緯と趣旨を教えてもらえますか)


 と書かれたスケッチブックをどこからともなく取り出し、カンペのように掲げた。


 定型文をアバターそのものに仕込んであるのだろう。


 ご丁寧に「デデン!」っていう効果音まで流れてきた。


 あたしは車椅子ちゃんを肘で小突いて、山田に聞こえない声量で言った。


「つば九郎じゃないんだから、さ」


(相手に喋ってもらうんです。無言勢は究極の聞き上手であるべきですから)


「……もともと、本業がカメラマンなものでして」


「!」


 小声と筆談でひそひそ話をするあたしらをよそに、山田が喋りだした。


「十年近く、ポートレート写真を専門に生業としてきました。この写真展で展示しているような風景写真たちは、仕事の片手間に半ば同人活動的に撮っていたものです」


(よく存じてます。ワタシも御殿山の近代美術館へ個展を見に行ったことがあります)


「おや、うれしいですね」


(それで、どうして夢の中で個展を開こうと? 初めてなんですよね)


「ええ、VRSNSというもの自体を知ったのがつい最近です。子どもからの幼なじみが3Dモデラーとしてゲーム会社で働いていて、最近はこういうものが流行っているのだと、中古の万華鏡を譲ってくれたのが初めてです。外置きセンサー……ベースステーションでしたっけ? を必要とする非常に旧い規格の万華鏡です」


(今はすべてインサイドアウトトラッキングに置き換わりましたからね)


 内蔵カメラセンサで身体の動きを読み取る方式のことだ。


 それにしても、これは魔法か?


 あたし相手には一言しか答えてくれなかった山田が、すらすらと身の上を語りだした。


「今はそういうのなんですか。旧い万華鏡が使えるのはいいことですね」


(話を戻しますケド、VRSNS歴は長いんですか)


「うーん、半年くらいです。とはいえアカウントを作っただけで、そんなハマるような遊び方はしませんでした。でも、これは面白いと思った」


(面白い?)


「これはゲームというより、体験を共有、投稿するメディアなんだなと。オンラインゲームのように目的があるわけじゃないし、ユーザー同士の交流と、ユーザー同士が交流する空間、そしてその空間における体験に重きが置かれている。写真展に通ずるものがあると思ったんです」


(そういう気分は、わかります)


 二人の会話が弾んで、少しだけ疎外感を覚えてしまった。


 なにこれ、山田、あたしにはそんなにしゃべってくれなかったくせに。


 そんな、ちょっとした嫉妬感。


「インターネットが発展して、カメラが何個もついたようなスマートフォンが普及して、それでも現実世界で写真展を開くのにはどんな理由があると考えますか?」


(聞かれてますよ、お姉さん)


「キラーパスやめてくれる?」


 あたしはあごに手をやって、数秒ほど沈思黙考した。


「印刷の質感、大画面の写真。コンセプトや順路、展示会場に合わせた写真選びとか」


「ほぼ正解だと思います。写真展は、空間づくり。写真を見るという体験を提供する場。このVRSNSという仮想の夢の中で個展を開くことで、そういった写真が提供できる総合的な体験表現を拡張したいな、と思ったんです」


(つまり?)


「動く、触れる、中に入れる。そういう写真へのあこがれがあったんです。ハリー・ポッターに出てくる動く写真や肖像画みたいなのをやってみたくて」


(現実でもそれは出来ませんか?)


「一度やってみましたが、モニターで動画を流すだけの個展になってしまって、正直つまらないなと。その点、夢の中ならもう少し無茶が出来ると思いましたし、実際出来ました」


「それはそうかも。おっぱいにさわって手で質感を感じられる写真とか、猫がこっちに来て遊んでくれる写真とかありましたね。本当に現実の写真が動き出したみたいで、楽しかった」


「ありがとうございます、ちる子さん」


「おっぱいは少しキモいなと思いました」


「ちる子さん!?」


 車椅子ちゃんは声を出さずにくすくすと笑う動作をして、新しいカンペを出した。


 デデン!


(いつ、どこで撮った写真が中心ですか? 写真を選ぶ際の基準は?)


「その前に写真展の趣旨でしたっけ。タイトルはさっき話した通り『あの写真の向こうに僕らは生きていた』です。主に十年以上前にボクが撮った都内の風景写真を中心に展示しています。今はこういうご時世ですから、ボクたちが過ごしていた青春時代の空気感を少しでも感じ取って……いえ、文字通り体験してもらえたらなと」


(表題作的な写真はありますか?)


「やっぱり入り口に飾っていた青空と鉄塔の写真ですかね。どちらも今はもうあまり見ることのできない人も多い風景だと思いますので。あれは、ええっと……」


(北品川ですよね)


「よくわかりましたね」


(あなたの個展のために近くへ立ち寄ったことがあります。北品川の御殿山と言えば江戸時代に徳川家の将軍が鷹狩りや花見で訪れたとか)


「ええ、生まれ育った土地なので、自然とそこで撮った写真が増えました」


 車椅子ちゃんは的確に会話をつないで、コントロールしていた。


 まるで次に相手が話すことを予測して、事前に必要な知識を仕込んできたかのような。


(夢をつくるにあたっては?)


「さすがに素人なので、そこらへんは前述の幼なじみと合作です。ボクが写真を用意、展示順路をデザイン。幼なじみにモデリングやプログラムをお願いしました。最終的にほとんどがオリジナルのアセットになったと思います」


(なるほど。最後に写真展のこだわりや、見る人に向けてのメッセージはありますか)


 山田は小鳥らしく小刻みに首を傾いだ。


「写真はいいです。悪意も善意もなく、公平にありのままを切り取ってくれますから。そのありのままを残すように、写真というメディアで出来ること、言い換えるなら遊び方が拡張できるのか、模索してみました。思い思いにメッセージを受け取ってくれるとうれしいですね」


(ありがとうございます)


 車椅子ちゃんはそう書くと、ボイスレコーダーのスイッチをオフにした。

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