第17話 展示を見てもいいですか?

 山田を忘れるなさんは、ハクセキレイという小鳥のアバターを使っていた。冬場になるとコンビニの駐車場にいてシュバババと早歩きしてくるアイツだ。


 どうして、と問うと「昔は美少女アバターだったけど加齢に応じて恥ずかしくなってきて」と返事が返ってくる。ふむ、そういう気分もあるのか。おっさんって面倒くさいな。あたしも歳を重ねたらおばあちゃんアバターとか使うようになんのかな。


 車椅子ちゃんは(ワタシが不眠通信社のえむぴいさんです)と名乗ると、自己紹介もそこそこに(まずは展示を見てもいいですか?)と山田に問う。山田は「いいですよ」と答えながら、ぱたぱたと羽ばたいて車椅子の手押しハンドル部分へ飛び乗った。


 たしかに、これが写真展というのならまずは写真を見ないことには始まらない。取材の事前に見ておけばよかった気もするけど、やっぱり実際に撮った張本人と一緒に回ったほうが色々と手っ取り早いという魂胆なのか。でもなあ……こいつヤブ記者だしなあ。大腸菌みたいな語彙力のこいつがそこまで考えて行動するかなあ。


 あたしと車椅子ちゃんと山田は、親水公園の写真を順路順に眺めていった。


 もう二度とうんちみたいな記事にならないよう見張らなきゃ。


 あたしはそんなことを考えていた。


 以下、山田による写真解説とそれに対する車椅子ちゃんの感想をダイジェストで。


「サボテンが踊っている写真です」


(踊るのやめちゃいましたけども)


「清楚な見返り美人がおはようって言ってくれる写真です」


(おっぱいまろびでてますけども)


「神宿都庁舎の写真です」


(ワタシも丹下健三は好きです)


「なんか全肯定してくれそうな猫の写真です」


(ええやん)


「9999回見たら死ぬ写真です」


(殺意が足りない)


「江戸時代から桜の景勝地として伝わる町並みの写真です」


(ここって……)


 その多くが夢という媒体を存分に活用した体験型の写真となっていた。最初の青空のようにこっちに飛び出してくる写真はもちろん、アハ体験のように気づくと被写体が動いていたり、奥行きがあって逆に中に入れる写真だったり、あるいは被写体に触れて万華鏡のコントローラーに触感フィードバックのある写真とかもあった。まあ、手は込んでいるけど純粋な写真として見たら結構、いやだいぶ微妙な感じの作品が大部分を占めている。


 良くも悪くもアイデアありきだ。これをネットニュースにまとめるのは骨が折れるんじゃないか? 車椅子ちゃんの語彙力で正確に書き表せられるんだろうか。不安だ。


 戸惑いつつ、若干三十分ほどで一通り会場を巡り終える。


 あたしたちは親水公園のベンチに移動し、ゆっくりと山田の話を聞くことにした。あたしがベンチに座ると、その隣に車椅子ちゃんが車椅子をつけ、山田が車椅子の肘掛けに停まった。


 山田は小さなくちばしをぱくぱくさせて言った。


「今回はボクの取材依頼を受けてくれてありがとうございます」


 車椅子ちゃんは(いえいえ)と書きつつ、万華鏡を操作しながら続けた。


(結構インスタンスが立っている。夢をアップロードした初日とはいえ、盛況ですね)


 山田は「よかった」と言った。


「それでえむぴいさんさんは――」


(えむぴいでいいです)


「えむぴいさんは、普段からそのアバターなんですか?」


 二人とも紛らわしいアカウント名なせいで、なかなか会話に弾みが出ない。


(ええ。万華鏡を被って動くだけのスペースがないものでして)


「そのアバター、改変が凝っていますけどベースは菖蒲あやめちゃんですよね」


(いえ、ネコメイクちゃんですね)


 どちらも多くのユーザーが使っている大手市販アバターの名前だ。


 あいまいに逸らしたな、と思った。


 あたしも車椅子ちゃんが車椅子に座ってる理由、ちゃんと知りたい。


 知りたいけど、あたしから問えることでもない気がするのだ。


 本当に現実でも不自由、なのだろうか。


 できれば知りたかったのにな。


 車椅子ちゃんは(取材にあたって録音失礼します)と断りを入れた。


 山田が「どうぞ」と快諾する。


 車椅子ちゃんはボイスレコーダーを取り出し、膝上に置いた。


(この3Dモデルは意味がないものですが、録音状態であるという意思表示です)


 そう言って、ピッと電源を入れる。


(じゃ、あとはよろしくです。お姉さん)


「は?」


 車椅子ちゃん、あんた今なんて?


 あとはよろしくですって言ったよね、今?


 あとはよろしくですあとはよろしくですあとはよろしくですあとはよろしくです――。


「ちょ、待っ」


「かしゅっ、しゅわしゅわ」


 嘘だろ。取材ほっぽりだしてお酒飲み始めやがった。


 急に人格が入れ替わったように酒を煽る動作を始めた車椅子ちゃん。


 あたしと山田は呆気に取られて顔を見合わせた。


「あ、あーっと、写真展素敵でしたね!」


「いやいや」


「えっと、写真はすべて夢の中でとったものなんですか?」


「はい」


「…………」


「…………」


「……あ、あーっと、斬新なアイデアですね」


「ありがとうございます」


「…………」


「…………」


 やっばい、全然会話が続かない。


 そりゃそうだろ。取材ったって何聞けばいいの。あたし何もやったことない。


「個展のタイトルは」


「あの写真の向こうに僕らは生きていた、です」


「全部で何枚あるんですか?」


「没入型の写真が二十点、単純な画像としてのものが三十五点、合わせてこの仮想会場に五十五点を展示しています」


「えと、どこで撮ったんですか」


「外ですね」


「はあ、こんなご時世に」


「ええ」


「なるほど」


「…………」


「…………」


 沈黙。


 あたしは「車椅子ちゃん!」と涙声で泣きついた。車椅子ちゃんは酒を煽る手を止めて、まるで頃合いか……と言わんばかりに笑った。

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