第4話 今日も元気に彷徨うよ

 次の日の夜。


 万華鏡を覗き込んで夢の世界に戻ると、車椅子ちゃんがあたしの目の前でカメラを構えていた。


 立派な一眼レフカメラだ。


「あ、そっか」


 ぱしゃり、とシャッターが降りる。


 どうやら寝顔を撮る魂胆だったらしい。


 土壇場で身じろぎしたあたしに、車椅子ちゃんはふくれっ面を浮かべた。


 彼女は、あたしよりも少し先に夢に戻ってきていたようだ。


 万年筆で(なんです?)と問い返される。


 そう、昨日話した夢を作る理由。一つ、見落としていた。


「記録かもしれない」


(コンドームのバケモノが、ですか?)


「本当にいたら嫌すぎるって」


 あとコンドームじゃなくて、酒瓶のバケモンね。


 そいつは今も、あたしたちのいる教室の中央に鎮座している。


 わりと気分は最悪だ。いや、そうじゃなくて。


「アートでも楽しむための空間でもないなら、この夢は何かの記録なのかも」


(でも、フォトグラメトリではない)


「そうだね」


 フォトグラメトリは、カメラとセンサを組み合わせて実在する景色を3Dモデル化する技術。


 現代なら、携帯電話や万華鏡一つで誰でも簡単に作れる。


 難点として、不完全な技術なのでまだまだ3Dモデルに独特な歪みが生じる欠点もある。


 車椅子ちゃんが言ったのは、そういうことだ。


(フォトグラメトリが携帯電話や万華鏡で行えるようになったのは、まだここ数年の話です。でも校内の掲示物を見る限り、ここの校舎はそれよりずぅっと前のものです)


「二〇〇〇年代」


(そうです。例えばこの教室のカレンダー)


「二〇〇九年の三月だ」


 もしこの夢が何かの記録なら、あえてフォトグラメトリではなく通常の3Dモデリングで作られている理由は自然と限られてくるはずだ。


「つまり、フォトグラメトリ技術が出来るより前だからモデリングしたのか、フォトグラメトリ技術が出来た後だけど既に現実の校舎がなくなっていたからモデリングしたのか」


(だとしても、記録ならあるがままの校舎にすべきでは?)


「必ずしもそうとも限らないけど、それにしたってね」


 いずれにせよ、教室の数とか教室の中身とかはおおよそ現実離れしているのだ。もしこの校舎が現実に存在したものを模しているとしても、何らかの目的意識をもって手を加えられているのは明白。出来ればそれを解き明かしたいものだけれども。


「そういえばさっきのカメラ、今まで撮ったやつとか見られる?」


 車椅子ちゃんは膝上のカメラをそそくさと胸に抱え込むと、万年筆で(へんたい)と書いた。


「そういうのいいから。なんかヒントになるような写真とかない?)


 車椅子ちゃんはおずおずカメラを差し出した。


 データを見ると、校舎や備品に貼られた掲示物をことごとく撮影しているのがわかった。


 なんだ、こいつ。めちゃめちゃ有用な記録取ってるじゃん。


「平成十六年度卒業生一同寄贈……平成七年度合唱コンクールプログラム……これは文化祭のポスター? 区立北品川中学校……やっぱりカレンダーは全部二〇〇九年の三月だね」


(手が込みすぎです)


「でも、校舎には元ネタがあるってわけだ。それもかなり明確な」


(一応、実在したらしいです)


「調べたの?」


(廃校になった都内公立校くらいなら、ネットでも調べられます)


「いつ?」


(二〇〇九年の三月で廃校です)


「じゃあなに? とっくになくなった学校をここまで魔改造してるってわけ?」


 あたしと車椅子ちゃんはコ……酒瓶のバケモンを見上げて、同時に肩を落とした。


 知りたいのは、夢の意図だ。


 それがわからずに夢の果てにたどり着いたって、むなしいだけなんだから。


 あたしはカメラを返し、車椅子ちゃんの肩をぽんと叩いた。


「さ、今日も元気に彷徨うよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る