第8話 母との茶会
「ねえリエ。お母様は何を考えておられるのかしら」
母とのお茶会の日の午後、散歩を終えて、なんとか仲直りの兆しが見える侍女たちに支度させている。
ボブの銀髪を手入れするリエに疑問をぶつけた。
「………お茶会のことですか?」
「ええ」
「母君とお会いになるだけですし、そこまで緊張なさる必要はないのでは?」
黄色のドレスを整えるコノンが言う。
「わざわざサロンで、ということが気がかりです。正式なものを想像なさっているかもしれません」
「そうなのよ。自室じゃない」
「お嬢様は礼儀作法のレッスンを受けられていないのですよね?」
「なので、いまの時点でミュラー様がどれくらいできるのか、ご覧になりたいのかもしれません」
いま考えても、どれも想像の域を出ない。
午前中に寝たおかげで体調は悪くないはずだがお腹が痛い。
「じゃあ2人とも口を開かないほうがいいわね」
魔法を極める必要があると気付いたとき、同時に私は悟ったのだ。
この人生、目立たずに生きていくことは不可能だ、と。
既に、魔力を扱うのが得意であることは察せられる。
最終ゴールである「最上位魔法を使えるようになる」または「最上級魔術師と懇意になる」を達成した場合、王族や公爵級に目をつけられるのは分かりきったことだ。
逆に目立ったほうが、その魔術師に知られることになるだろう。
前世の小説好きな私は、同世代に比べて多くのことを知っていたと自信がある。
確かめる術はない。
しかし、この知識の多さは私の数少ない自慢だった。
前世も含めて持っているものを全て使えば天才令嬢と思われるかもしれない。
目立つのは嫌だが、そんなことを考える余裕はない。
だから、本格的に前世の知識をフル活用しようと思う。
手始めに貴族令嬢の嗜みである茶会を乗り切ってみせよう。………ラノベ情報で。
「よろしいのですか、ミュラー様」
「えぇ。あなたたちも含めて驚かせてあげるわ。リエ、本場の茶会を再現してちょうだい」
悪役令嬢かのようにリエに微笑んで見せた。
すると彼女は承諾の印に深く頭を下げた。
部屋を出てサロンに向かっている。
もしこれが本当の試験ならば、招待者である母はサロンで待機しているだろう。
だから、私の最初の戦いは入室の口上から始まる。
後ろを歩くリエを見上げると頷かれる。
彼女はサロン前の下女に声をかけた。
「ミュラー様の侍女・リエカールでございます。ご招待に預かりまして、ただいま参りました」
「はい、お待ちしておりました。………奥様、お嬢様がいらっしゃいました」
………リエカール、ですって?
仕方ない、後で問い詰めよう。
「お嬢様、中にどうぞ」
「ありがとう」
歩き方で私が知っているのは主に3つ。
『背筋を伸ばす』
『ゆっくり自信があるように』
『足元ではなく前を見る』
背筋は散歩で鍛えたし、2つ目はそもそも速く歩けない。
3つ目さえ気をつければ大丈夫、なはず。
「ご機嫌よう、ミュラー。よく来てくれましたね」
試験だ。
先程の3点が守られている上に、母の口調が固い。
分かりましたわ、異世界令嬢好きの実力をご覧入れましょう。
「ご機嫌よう、お母様。お招きいただき光栄に存じます」
リエが無言で椅子を引き、私はそこにお淑やかに腰掛ける。
手は膝の上でクロスさせ、まっすぐ母を最推しだと思って微笑みかける。
私にはまだ令嬢スマイルができないので、お許しくださいね。
母の侍女が紅茶を淹れて、リエが毒味をする。
側仕えは公式な場ではいないものとするので、そちらを見てはいけないのだが、ついつい身体を向けそうになってしまう。
淹れたての紅茶は美味しいはずなのに、いろんなことに気をつけているせいで味が感じられない。
残念。
「飲みながらでいいのでお聞きくださいな」
母はここに呼んだ理由を話した。
そろそろ礼儀作法のレッスンを始めたいので、その意思を確認するとともに、本物の茶会の雰囲気を体感してほしかったそうだ。
………つまり試験でも何でもなかったのだ。
安堵のため息を吐きそうになった。
本物であることには変わりないので押し殺したが。
「それにしても、礼儀作法にとても気をつけているのが伝わってきますわ。そんなこと、どこで知ったの?」
「………お姉様ですわっ!」
とてもラノベとはいえない。でも絵本ともいえない。
そうなったら姉ぐらいしか思いつかない。
追及しないことを祈るばかりだ。
「そうですか。なのに、礼儀作法には消極的なのね」
「………そう見えますか?」
「ええ、それより魔法を学びたいと書いてありますわ、おほほ」
バレてる。
もともと礼儀作法は面倒で嫌いだ。やりたくはない。
だから商人令嬢がよかったのに。
「ロイリーに頼もうかしら」
「止めてください」
サボりにくくなるので!
「どうして?」
「………言えませんが」
「ならいいじゃない。うふふ、彼女は所作が美しいわよ」
「本当に勘弁してください………」
その問答の末、断りきれず、姉にも教えてもらうことになった。
なにゆえ。
「それにしても。あなた、本当にミュラーなの?」
全身が凍りついた。
「………どういう意味でしょうか、お母様」
ビビる必要はないんだけどね?
記憶を取り戻しただけで、私がミュラー・ハイカルであることには変わりないのだから。
「言い方が悪かったわね。そんなに怖い顔しないで」
母によると父ケイリーが心配しているのだという。
私が急に改心したり魔力暴走しかけたりしたので、情緒不安定なのではないか、と。
魔力暴走はそうそうあることではなく、しかも感情の昂りが原因のものは相当に魔伝導力とやらが高くないとあり得ないのだそうだ。
ラノベでたまにおこるから少し軽く見すぎていたようだ。
彼ら彼女らは、勇者だったり聖女だったり王族だったり公爵令息令嬢だったりが多数なので、男爵令嬢である私はあまり参考にできない。
最推しは魔法を使えないし、もう1人の推しに至っては王家の嫡男だ。
ラノベ界には参考になる者がいないのか? 全く。
「そうでしたか。ご心配をおかけしたようで、申し訳ありません」
「いいのよ」
「それより、魔伝導力とはなんですか?」
「そうねえ………。知らないかもしれないけれど私は元平民よ。魔法は使えないわ」
母が平民であることは想像がつく。
というか男爵の配偶者なんて限られている。
だが、それを5歳の幼女が分かるかと聞かれたら、答えは否だ。
「そうなんですね、失礼しました」
「ケイリー様に聞いておきましょうか?」
「いえ、お母様のお手を煩わせることではありません。自分で調べます」
私は淹れ直された紅茶を含んだ。
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