第7話 新たな侍女と波乱

「起きてくださいませ、ミュラー様」

「いやあ」

「目は覚めているのですね」


 観念して私は目を開ける。

 整った茶髪が、視界に入る。


「おはよう、リエ」

「はい、おはようございます。あの野蛮な女が来る前にお支度なさいませ」

「………口が悪いわ」

「申し訳ありません、つい」


 苦笑して、深くは追及はしない。


 確かに彼女は主に突っかかるし、それをリエが受け入れられないのは道理だからだ。

 ………ほら、リエって私に心酔しかけているところがあるじゃない。自分で言っちゃうけど。



 顔を洗いそろそろ身支度が終わろうという頃、例の彼女が現れた。


「ご機嫌よう、お嬢様!」


 リエが眉を寄せたのを確認する。


「おはようコノン。………リエ?」

「………おはようございます」


 例の彼女、またの名をコノンは、家庭教師がつくことになった私に与えられた2人目の侍女である。


 ピンクの髪と目という、なんとも女子っぽい外見なのだが、中身はサッパリしている。

 年の頃は姉と同じくらい。


 最近波乱をもたらす原因でもある。

 私は怒っていないけど、リエの機嫌がすこぶる悪いのである。

 理由は見ていれば分かる。


「早くご飯を食べましょう!」

「まだ準備が終わっていないのが見えないのですか? あなたの目は節穴ですか?」

「見えてますよ! だからもっと早く起きるべきだと言っているではありませんか!」

「ミュラー様はお体が弱いのです。あなたのような気力で生きている女と一緒にしないでいただきたい」

「気力で生きているですって? お父様を馬鹿にしているのですか!?」

「してません。あなたのお父上は旦那様の騎士をやっているのですから優秀なのでしょう」

「そういう紛らわしい言い方はやめてください!」


「まあまあ2人とも。朝から喧嘩はやめよう」


「ミュラー様がおっしゃるなら」

「でも!」

「コノン?」

「し、仕方ありませんね!」


 ここまでが毎日繰り返されているのだ。疲れるといったら。




 2の鐘が鳴るころ、私は朝食にありつける。


 ちなみに、支度に体感1時間かかっている。

 貴族令嬢ってだいたいこれくらいかかるのかしら。それとも私が遅いだけ?


「本日のメニューは__」


 正面は姉ロイリー、隣は母アマリ、斜め右前は父ケイリー、という順で座っている。

 きっと上座下座が関係しているのだろう。

 私は、日本と西洋では上座下座の考え方が違うということしか知らないのだけど。


「ミュラー、どうかしたの?」

「ふぇ!? ご、ゴホン、なんでもありません」


 姉を見つめすぎて、怪訝な顔をされた。

 咄嗟の誤魔化し方が怪しすぎて両親にも見られる。


「本当になんでもありませんから!」

「うふふ」

「かわいい妹ね」

「お母様! お姉様!」


 からかわれて赤面してしまう。ばかみたいな反応である。


「はは! みゅ!」


 カイレーが私と母を指差して声を上げる。

 “みゅ”とは私の名前のことだと思う。きっと。


「ミュラー姉上ですよ~」

「みゅ! あ!」

「ずるいわ、私より先に名前を呼んでもらえるなんて」

「お姉様も言ってみればいいでしょう」


 そうね、と頷いて、拗ねる姉は名前を言う。


「ロイリー姉上ですよ~」

「ろ!」

「姉と呼んでもらえないわ」

「2人とも、ご飯が冷めてしまうだろう」

「ちち!」


 注意した父をカイレーが指差す。

 すると父はデレてしまうので、人のことを言えないと思う。






 ご飯を食べ終わると、私は喧嘩勃発中の侍女たちを引き連れ部屋に戻る。

 エデン先生にもらった教科書を読み進め、午前中は勉強するのだ。


 部屋に戻っても喧嘩が終わらないので、私は仕方なく声をかけた。


「あなたたち、集中できないでしょう」

「申し訳ありません。この女を追い払えば」

「リエ、不敬よ。午前中は出て、仕事をもらってきなさい。いったんコノンと2人でやってみるわ」


 侍女長を遮り、私は告げる。

 これまで片時も離れなかった彼女は驚き困惑した。


「ミュラー様!?」

「リエ、当事者同士では解決できないでしょう?」

「………かしこまりました、我が主。それでは御前を失礼します」


 彼女を無事に部屋から出せたが、言動に芝居がかかりすぎていないか? 将来が不安である。


「じゃコノン、こっちに来なさい」


 リエより困惑している新しい侍女を呼び寄せる。

 コノンはおずおずといった風で、私の正面に立つ。


「あなた、誰に私の侍女になるよう命じられたの?」

「侍女、ですか?」

「ええ」

「護衛騎士ではなく?」

「お父様には“侍女を増やそう”と言われたわ」


 お互いなんとも言えない顔をする。

 こんなところですれ違いがおきているとは思いもしなかった。


 “あら、おかしいわね”と言わんばかりに小首を傾げてみるも、自称護衛騎士は意見を変えなかった。


「父上にやっと認められたのかと思ったのですが………」


 女なのに父を“父上”と呼ぶあたり、生粋の騎士志望なのではないだろうか。

 彼女の父は名を馳せる騎士なのだろうか?


「そういえば、あなたのお父様って誰なの?」

「ヒユンです。当主様の護衛騎士をやっています」


 どこかで聞いたことのあるような………。


「お嬢様には魔法の才能があると申しておりました」

「あ、思い出したわ」


 ヒユン、そう彼は、私が魔法感知がどさくさでできるようになってしまったときに、父の使いっ走りになっていた人であった。


「彼、そのほか私について言っていなかった?」

「いえ、特には。病がちとは聞きましたが」


 彼女は、余命宣告されたことも、魔力暴走しかけたのちに魔力感知できるようになったことも、知らないのだろう。


 私に判断を委ねるということなのだろうか。

 これでも5歳なのだが。


 いつか、コノンを信用できると考えられる日が来たら、伝えよう。

 そのとき、彼女はどういう反応をするだろうか。


「よくわかったわ」

「は、はあ」

「あなた、勉強できる?」

「いえ、武術以外はからっきしです」


 堂々と言うべきことではないけど。

 まあいい。

 利用させてもらおう。


「私の勉強のために付き合いなさい」


 ということで、私は、復習がわりにコノンを教育することにした。

 お昼の鐘が鳴りリエが戻ってきて、またひと悶着あったのだが、頑張って主として収めたのはまた別の話である。






 午後、養生のため昼寝し、その後コノンも連れて散歩に出かける。

 昼寝でもしないと身体が辛い。

 幼さも影響しているだろう。



 仲良くなろうと思い、コノンに家族のことを聞いてみた。

 ほとんどが父自慢であったが、彼は娘の尊敬を集めるに値する人物なようだ。

 訓練はまあまあハードらしい。

 基準が神をも倒す前世の最推しだから正直言ってアテにならないが、私はチートなし部門だと彼ぐらいしか知らない。



 夕食の時間。

 慌てるように姉が駆け込み、食事が始まる。


「お姉様、どうかしたのですか?」

「いま勉強している歴史で、意味が分からないところがあって、伯爵閣下の図書館まで行っていたら遅くなってしまったの」


 私もそこ行ってみたい。


「ミュラー、前回の外出で行った図書館はそこだ」

「そうなのですか? ………それにしてもよくお分かりになりましたね」

「見れば分かる」

「そうですわね」


 おほほと笑ったあと、母は爆弾を落とした。


「ねえミュラー。明日の午後、空いているかしら?」


 微妙に怖いのなんで。

 無駄に尊敬語を使い質問する。


「空いていますが………。なにかご用がおありなのですか?」

「お茶会がしたいの」


 ………とりあえず、リエに質問して、明日は午前中に寝よう。

 そうしよう。

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