1章 魔法と令嬢生活

第6話 初授業

 家庭教師をつけてやると確約を得てから1週間。

 私はこれまで、授業を受けるための準備に奔走していた。


 例えば運動。

 集中するためには体力がいるというのはよく聞く話だ。

 毎日30分ぐらい歩いた。

 結構疲れたけど魔法のためならば仕方ない。


 予習もした。復習も兼ねて姉に教えてくれと頼んだ。

 これからも頼っていくと思う。


 先生は、姉についでに聞いたところ完璧主義者なのだという。

 なぜそれを姉が知っているかというと姉の家庭教師・エリスさんが生徒に愚痴を溢すからだ。

 開始前から不安になってくる。

 まあ男爵家の次女に回す人材なんて失礼だが総じてなのかも。


 今日までできる限りの準備をした。

 ついに今日は先生の授業が始まる日。



「ミュラー様。家庭教師の先生がいらっしゃいました」


 リエが声をかける。

 ちなみに私が勉強するようになったという理由で侍女が増えた。

 それによってリエは侍女長になった。


「通して」

「かしこまりました」


 緊張してきたよ………。

 内心は押し隠し堂々とした態度で先生を迎え入れる。


「お初にお目にかかります、お嬢様。

 この度家庭教師に任じられましたエデンと申します。よろしくお願いいたします」

「ご丁寧な挨拶をどうも。

 ミュラー・ハイカルです。エデン先生、よろしくお願いしますね」


 言葉の端々に身分差を示す表現があるが、私は本当は対等な関係を築きたかった。

 平民と貴族という立場では遠慮されてしまい、授業に差し支えると思ったからだ。

 だが先生にとっては信じられないだろう。

 なので時間をかけて少しずつ削っていくつもりだ。


 跪いていた先生を起き上がらせると、ようやくちゃんと全身を見られた。


 私はフィクションでイケメンを見慣れていて目が肥えているのだが、先生はそれなりという感じだろうか。

 ブスではない。

 髪と目は黄色だ。

 そしてこの世界では高身長の部類に入るだろう、父や騎士たちより高い。

 ポイントが高いよ。


「私は呼び捨てで構いません」


 ほ~らね。


「いえ、私が教えていただく側なのです。敬意を払うべきだと思いますわ」

「………そうですか」


 納得はしていただけていない様子だ。


「早速で申し訳ないのですけれどお願いを1つよろしいですか?」

「なんでしょう」

「魔法だけはしっかり教えてくださいませ。………他の分野を蔑ろにしてでも」

「ミュラー様、旦那様がダメとおっしゃっていたではありませんか」


 やっぱりダメか?

 でも私は魔法を最優先で習得しなければならないのだ。他を犠牲にしてでも。

 リエはそれを分かっているはずなのだが。


「リエ、あなたが黙っていればいいのよ」

「認められません。きっと他の分野もできるのに捨てるだなんてもったいないです」

「捨てるとは言ってないわ。期限つきでいいから認めてちょうだい」

「………3ヶ月だけです。

 魔法を最優先にすることを認めましょう。報告もいたしません」


 無事落ちた。


「先生も言っちゃダメですからね?」

「もちろんでございます」

「交渉がまとまったところで、先生、授業をお願いします」

「はい。魔法理論についてはどれくらいご存知ですか?」

「姉の授業2ヶ月分は予習しました」


 目がキツくなったような気が………。疑われているのか。

 まあ、5歳の幼児が1人で予習するなんて、しかも2ヶ月分もあり得ないだろうなあ。

 でも、前世で培った理解力を無駄にするわけにもいかないでしょう。


「リエ様?」

「私は平民ですので敬称は不要ですよ。

 ………疑う気持ちは分かりますが、ミュラー様は非常に賢くあられますので、本当に理解なさっておられます」


 フォローはありがたいけど、もう平民ってどういうことですか。

 いくら下級貴族の爵位を継がない次女とはいえ、侍女長だけはちゃんと礼儀が分かる人に任せなきゃいけないだろう。

 だから、下級貴族の未亡人か、ハネリウス伯爵で仕えていたが歳で止めたベテラン侍女のどちらかだと考えていたが。

 そんな単純な話じゃなそうだ。


「ミュラー様、どうなさいましたか?」


 思考の海から引き上げられリエから目を逸らす。

 ………私、彼女のこと何も知らない。

 不甲斐ない主だ。


「なんでもない。エデン先生、そういうことなので、実践を教えてください」


 リエに自力で魔法を使おうとして激怒されたので是非早く教えて!


「かしこまりました。お嬢様は本好きだと聞いたので、授業の範囲の本を持ってきております。理論はそちらで勉強なさいますか?」

「素晴らしいわ! 合法で本を読めるなんて最高です!」


 私の喜びように少し引いてしまったエデン先生。

 ご、ゴホン。


「失礼しました。初めに魔力を感じるんでしたっけ?」

「そうですね。先にそれに関する復習をしましょうか」




 復習の後。ようやく実技の時間になった。


「お嬢様は2属性をお持ちなんですよね」

「はい、光属性と風属性を持ってます」

「私も風属性を持っています。とりあえず基本4属性向けの練習をしていきます」

「よろしくお願いします」

「ではお嬢様。………お手を失礼致します」


 エデン先生が跪き私の手に恭しく触れる。

 側から見れば求婚であろう。

 顔に血が昇っていく。


「魔力を注ぐので感じてください。………どうかなさいましたか?」


 先生、喧嘩売ってらっしゃいますの!?


「何もありませんわ!」

「………そうですか。では魔力を注ぎます」


 目を閉じて外気に神経を集中させる。

 転生小説では外気に地球にはなかったものがあると気付いて、魔法を使えるという展開が多いからだ。



 あ、なんか、暖かい。


 触れているところが暖かい粒子サイズのものに埋め尽くされている。

 血管の近くが暖かいものでいっぱいになっていく。


 これが魔力?


 先生の手から吸い取ってみたり、逆に押し出してみたり。


「っ………!?」

「先生、できてましたか?」

「驚きました。………あなた様には才能があります」


 異世界創作物による魔法の才能ならあるかも。

 何が何でも魔法を使えなきゃいけない私には追い風なのかもしれないが複雑である。

 チートが嫌いだからか。


「そうですか?」

「魔力感知は普通は1週間ほどかけてできるようになるのです。

 それをあなた様は1回で、しかも一瞬でやられました。分かりますか?」

「そう、なのですね。知りませんでした。………ちなみに先生は?」


 完璧主義のならきっと優秀なのだろう。


「私は2日かかりました」

「それでも早いほうなのですよ、ミュラー様」


 ほ、ほへえ。


「いつか宮廷魔術師として大成なさるかもしれません」

「天才魔術師の誕生ですわ!」


 そうなれば私が生き残れる確率は上がるわけだし、細かいことは気にせず感謝すべきかも。


「そうですね。頑張ります」




 授業の直後。

 リエから耳打ちされた。


「ミュラー様、いいことを教えて差し上げます」

「なに?」

「魔力を体内で循環させると少し症状が改善するそうです」

「あらほんと!?やってみようかな」


 目を閉じて魔力を循環させてみると確かにポカポカするし気持ちいい。


「いいことを教えてくれたわね」

「いえ、侍女長の役割ですから」

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