第5話 お父様への訴え
「おはようございます、お嬢様。
って大丈夫ですか!? どこか痛むのですか?」
「おはよう。なんでそんなに慌ててる………あ」
自分の声が涙声なことに気づいて目を擦った。
拭っても拭っても涙は溢れてくる。
さっきの幸せな夢のせいだ。
これまでの悪夢が全てが吹き飛んでしまいそう。
あれみたいに治ればいいのになあ。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「うん。いい夢を見たの。幸せな夢」
「そうですか」
「私が治って、お父様とお母様と走り回る夢」
きっと今世の両親もあれくらい屈託のない笑顔を見せてくれる。
どちらも私は好きだし愛してくれているから。
「それは………幸せですね」
「うん」
リエは私の背中を摩りながら、自分でも泣いていた。
__光属性の中の最も高位の魔法をかければ、私は治るかもしれない。
両親に負担をかけたくない。
姉は決して諦めない。
私は異世界の小説が読みたいし魔法を使いたい。
いいじゃないか。
無謀な道を歩いてみよう。
実は今年適性検査を受けた。
光と風の2属性持っていることが分かっている。
死ぬ気で努力すれば自分で使えるようになるかもしれないし、そのレベルまで到達できなくてもそれを使える人に出会えるかもしれない。
そのときに魔術の天才などと有名になっていれば、その人に頼みこむこともできる。
「リエ」
「どうかなさいましたか?」
「やっぱり死ぬのやめた」
記憶が戻る前の私なら使わないような話し方だ。
でもこれでいい。
「お嬢様………!」
感激した様子でリエは目に水を溜める。
こんなに主思いな彼女が侍女でよかった。
「お姉様は絶対に諦めないんだって。乗ってみるよ。
私は生きて本をもっと読みたい」
前世のように手立てがないわけじゃないんでしょ?
「そうですよ、お嬢様! もっと生きられます!」
「もっとこの世界を知りたいし、リエともお姉様ともお父様ともお母様とも別れたくない。カイアスが成長する姿も見たい」
「はい………!」
私は決めた。
魔法を死ぬ気で極める。
「ボケっとしている時間はないわ。お父様に訴えに行きましょう」
「え? 今すぐですか?」
「着替えたらすぐよ。準備して」
「今日も体調はお悪いんでしょう? ダメですよ」
「これくらいなんとでもなるわ」
前世の終末期なんてこの比ではない。
痛くて痛くて動けないのだ。
動けるだけマシと考えるべきだ。
全然動かないリエを見て、私は最終判断を下す。
「本当はしたくないけど………仕方ないわ。
リエ、命令です。着替えさせなさい」
命令したのは初めてだ。
でもこれを乗り越えなければ意思が揺れてしまう。
目を見開き握り拳を作ったかと思うと、リエは跪いた。
「かしこまりました。………一生の主、ミュラー様」
リエに初めて名前で呼ばれた。
彼女は私を本当の意味で主と認めたのだ。
名前を呼ばれただけでこんなに嬉しいなんて知らなかった。
私は今世でいちばんの笑顔を見せた。
着替え終わってもリエはリエだった。
歩くことを許してくれないのだ。
すぐに諦め自力で立ち上がることにした。
ベッドを掴んで足を床に下ろす。
少しずつ力をこめる。
前世の感覚で立てると思ったところで片手を離す。
………フラつきは少ない。
「ミュラー様危ないです! 私がお運びいたしますよ」
「歩けなきゃ生きていけないわ。転びかけたら支えて」
リエは仕方なく引き下がった。
少しずつ右手に加える力を弱めていく。
支えがなくても立てた。
足が少しプルプルしている。
「立てた」
久しぶりに立った気がする。
実は前世の記憶が蘇ったあの日は、ほとんど支えてもらっていたのだ。
「まさか歩かれるなんておっしゃいませんよね?」
「歩くに決まってるわ」
「お止めください!」
「仕方ない、エスコートして」
「かしこまりました」
過保護もダメだよねー。
前世の半分のスピードで歩いたため、父の執務室に辿り着いたのが非常に遅れた。
当然だ。運動不足は病人の敵である。
部屋の前に立つ騎士に話を通す。
「ミュラーです。お父様にお話があります」
「前触れは………?」
「ないわ」
「申し訳ありません、騎士殿。ミュラー様をお止めできず」
「いえ。………特別に許可を出します。相手はご息女ですしずっと立たせるわけにはいかないので」
「ありがとう」
よかった。前触れを忘れたのは迂闊だったけど、通してくれるみたい。
「ケイリー様。お客様です」
「そんな予定はないが?」
「相手が」
「ごきげんよう、お父様。お話がしたいんですの」
やりとりが面倒なので自力でドアを開けてしまった。
やってしまった………とは思ったが後の祭り。
父とその文官は呆気に取られて微動だにしない。
仕方ない。
こういうの初めてだから。
早めに慣れてほしい。たぶんまたやらかすから、
「ミュラー………?」
「前触れを忘れてしまい申し訳ありません。ですが大事な話なので、一度だけ見逃してくださいませんか?」
「………すごく驚いたが見逃そう」
「ありがとうございます」
父が侍従に合図して茶と菓子を用意させる。
会談用の椅子に父が座ったあとに私も座った。
「それでどうしたんだい?」
「報告と相談があります」
リエに伝えたことを報告として父に伝えた。
とても嬉しそうだ。よかった。
「私の病を治すためには光属性の最上位魔法が必要なのでしょう?」
「………よく聞いていたね」
あのときはまだ生粋の5歳だったのに、よく覚えていたなと私も感心している。
「幸いにして私は光属性の適性があります。
お父様お願いです。私に魔法の家庭教師をつけてください」
深く頭を下げた。
沈黙が広がった。
「ミュラー、勝算は?」
「方法は2つしかありません。1つ目は光属性の最上位魔法を私自身が使えるようになる方法」
「可能性は低いよ?」
「もちろんです。そして2つ目は、私が魔法が上手いと有名になってそれを使える魔法師に会い頼み込む方法」
「なるほど」
「もともと可能性が低い話です。
………どちらの方法でも私が魔法を使えなければなりません。なのでお父様、私に魔法の家庭教師をつけてくださいませ」
父は茶を飲んだ。
私も飲んでいないことに気づき2口飲んだ。
「………まるで人が変わったみたいだ」
人は変わっていないけど近いことがおこった。
記憶を取り戻す前の自分と前世の自分は似ているようで違うと自覚している。
他人から見れば尚更だ。
「君の願いを聞こう。家庭教師はロイリーの家庭教師の弟にする」
「ありがとうございます」
これは、私が生き延びるための必須条件だ。
本当に受け入れてくれてよかった。
「そうか」
「お仕事中に失礼いたしました。これにて失礼します」
「ああ」
前世で若くして病死した私が、今世で生き延びるための物語が、始まった。
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