第4話 お姉様の説得

 魔力暴走しかけて寝込み、回復した翌日のこと。

 絵本を読んでいるとリエが来客だと言った。


「誰?」


 両親が来たときはそんなこと言われなかったけど。


「姉君です」

「通して」

「かしこまりました」


 前世を思い出してから姉と会うのは初めてである。

 ずっと寝込んでいたからだ。さもありなん。



 姉はベッドの隣のイスに座った。


「ミュラー………」

「お気に病まないでくださいませ、お姉様」


 変に心配をかけて諦めてくれないのは困るので、できるだけ普通の幼女に見えるように微笑む。


「なんで………」


 彼女は目を見開いて呟く。


「私は………あなたに生きてほしいだけなのに」

「嫌ですわ。健康なお姉様には分からないでしょうけど」

「なんでそんな意地悪なこと言うの」

「だって分からないでしょう?いまの全身の痛みなんて」


 当たり前だが、終末期はいまより酷くなるのだ。

 会話もできず、一日中痛みにうなされながら満足に眠れもしない。

 そんな魔のときがやがてまた訪れる。

 はっきり言ってもうごめんだ。


「そんなに辛いの?」

「当たり前です。いくら家族に侍女にせがまれてもこの痛みをもっと続けるなんて耐えられませんわ」


 私は負担になりたくない。でも、それ以上に、自分の人生は他人の影響で変えることはしない。

 そう決めたのだ。

 裏切られたときに。


「いまから死んでもいいですね。楽そうです」

「それ本気?」

「もちろんですよ」


 脅しのはずが、本当に死のうかと思い始める。


「嫌!」

「知りません」

「………」


 言い過ぎただろうか。

 でも、まだ8歳の姉に分からせるためにはこれくらい強く言わなきゃ。


「私はミュラーとおしゃべりするのが楽しいの。………死んじゃ困るわ」


 姉は私の細い手首をつかんだ。


 実は、私は純粋な自分への思いには弱い。

 なんだかんだ言ってもそこは幼い頃から変わらない。

 好意をほとんど信じない代わりに、「これは本当だ」と認めた相手は信じる。


「ミュラー、まだ読みたい物語はない? あるでしょ? なら死ねないね?」


 なんで畳みかけられてるの、私。


 優秀な人の話は聞くしマネするが能力や実績がない人のことは気にしない。

 様々な人とリアル、フィクション問わず出会ってきた私が決めた1つの基準である。


 いくら姉が優秀だからといって話を聞き入れるの?


「………っ」


 でも私の小説への愛は本物である。

 ここで諦めきれるほど弱いものではない。

 異世界にしかない小説もあるだろうし………。


 私はピンクの寝巻の裾を握る。


「前、魔法使ってみたいって言ってたわね? なら死ねないね?」


 生前2年間異世界にハマっていた私には強い言葉だ。

 魔法、使ってみたい。

 ………若干8歳にして妹の弱点を的確に突いてる、この姉すごいぞ。


「で、でも………」

「生きているほうがメリットがあると思わない?」


 そして。私は損得勘定で考える女である。


「それは………」

「治し方を探そうよ。それまで生きていて」


 姉を見上げる。彼女は泣きそうだった。


「でも私は! 裏切られたときの辛さを知ってる!」


 語気が荒くなる。つられて目もキツくなる。

 姉の手を振り切った。


「………余命宣告を受けたときのこと?」


 そういえば、今世の私も経験しているんだったな。


「もうあれはたくさんだよ! さっさと死んだほうがマシ!」

「さっさと、って………」

「お姉様には、分からない」


 頭痛が悪化したのでトーンを下げる。


「ミュラー、大丈夫?」

「ロイリーお嬢様、これ以上はミュラーお嬢様のお身体に触ります。また後日」


 壁際で立っていたリエが近寄り姉に進言する。

 

 でも、いま姉を帰したらだめな気がする。勘でしかないけど。


「リエ、私は大丈夫」

「お嬢様、ご無理なさらないでください」

「あとちょっとだけ」


 こういうときに細かい時間の単位がないと不便である。10分とか30分とか言えないのだ。


「紫のドレス、似合ってるわ。茶色によく映える」


 ごめんね。私、おばあちゃま侍女を落とす方法、これぐらいしか知らないの。


 ライトブラウンが赤みを増す。


「明日、一日中、絵本を読まずに養生なさると言うのであれば。私は退散致しますよ」

「ありがとう」


 彼女が退散して、私はまだ幼い姉を抱きしめた。


「大丈夫です。まだ死にません」

「………お父様とお母様から聞いたんでしょ?」

「ええ、聞きました。治る可能性が少しだけあるそうですね」


 目を閉じた。


「ねえミュラー。………多分あなたは誤解してる」

「誤解?」


 目を細めて姉の顔を見る。


「なんでもできる優秀な姉だと思われてるのは分かるよ。でも私は才能に恵めれているわけじゃない、決して」

「………」

「私は両親に恥じない娘になりたい。自分で幸せになりたい。

 だから諦めたくない」


 だから彼女は、勉強も令嬢作法も手を抜かなかった。

 それで優秀だと言われるようになったという。


「ミュラーが諦めても、私は決して諦めない。それじゃ後悔するから」


 説得力に満ち溢れた話だな、と思った。

 そっか、お姉ちゃんは後悔するのか。ならいいよ。

 お姉ちゃんに振り回されていたら、もしかしたら治るかもしれないね。


「うん、分かった」

 

 ロイリー・ハイカルは信頼できる人だ。私は確信した。






 その日、夢を見た。


「〇〇。よかったね」

「うん!」

「退院できたな」


 私は病院服ではなく世の中のJKが着るような服でオシャレしていた。


「完治祝いに寿司でも行こうよ」

「それママが行きたいだけじゃーん」


 そうだ、治験に参加して完治したんだった。


「じゃあ〇〇はなにを食べたい?」

「そうだなあ。焼き肉とか?」


 病人は絶対食べられないもん。あんなに脂っこいやつ。


「そうね、家の近くのホルモン焼き行こうか」

「ママはリサーチ済みなの?」

「パパと一緒に行ったんだぞ」

「うわあデートだあ」

「なに言ってんのよっ」

「好きな男女が食べ物屋に行ったらそれはデートっていうんだよ。恋愛小説に書いてあった」

「フィクションを信用するなよ」

「これは一般常識なんで!」


 久しぶりに全力で走った。車まで辿り着いて早くーと叫ぶ。

 そんな私を見て両親がとても嬉しそうだった。

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