第3話 久しぶりだね

 あれから私は2日寝込んだ。

 その間に記憶や気持ちの整理がついた。



 端的に言うならば、私は転生者ミュラー・ハイカル。

 男爵令嬢。5歳。

 限りなく平民に近い貴族である。

 前世よりツヤが増した銀色の髪とライトグリーンの丸っこい瞳を持つ。どう考えても欧米系だ。



 私は、父ケイリー・ハイカル男爵と母アマリンダ男爵夫人の間に生まれた。

 妾がいるという情報はないがどうだかな。

 父は紫の髪と瞳。一見すれば日本人である。渋みというか味があるダンディーだ。

 母はクリーム色の髪と瞳。優しげな眼差しの国母系女性だ。

 双方、怒ったところは見たことがない。


 2歳違いの姉と3歳違いの弟について。

 ロイリーお姉様は青髪碧眼の少女だ。勉強も礼儀作法も得意なできすぎる姉で頼りがいのある。

 カイレーはオレンジの髪と瞳のかわいい男の子だ。将来どんな少年に育っていくのか楽しみだ。


 まだ幼いミュラーを世話してくれているのは侍女であるリエだ。

 5歳といえばイヤイヤ期だろうか。これからは自粛するから許してほしい。



 ハイカル家はハネリウス伯爵家の分家で、代々本家に仕えている。

 近い将来、5年くらいしたら私も奉公に出るだろう。

 私たちはセレビュア王国のハネリウス伯爵領に住んでいる。

 近くにその伯爵のお屋敷がある。行ったことも見たこともないけど。



 この世界は、いわゆる「剣と魔法の異世界」だと思われる。

 転生時に神と話したわけじゃないからはっきりしたことは言えないけど、どこかのフィクション作品の世界だ! っていうことはない。

 いまの私はそんな感じ。




 では、前世の私の話をしようか。

 前世の私は日本生まれ日本育ちの少女だった。


 不治の病にかかっていてほとんどを病院で過ごした。

 私が16歳で死んだのはその病気が原因。


 趣味は小説を読むこと。

 人生を読みたい小説を読むために使った。

 いちばん好きなのは異世界ファンタジー!

 いまの私だ。本当に転生できちゃうなんて夢みたい。


 前世の私は友達がいなかったから………本音を言えば寂しかった。

 困らせるから口にしなかったけど。

 私は負担になりたくないのだ。


 いちばんの心残りは、両親に親孝行できなかったこと。

 ずっと私は負担をかけてばかりで………なに1つ彼らを喜ばせることをできた試しがない。

 本当にごめんなさい。

 ごめんなさいごめんなさい………。


 いつのまにか泣き出してしまったようで、しばらくして入ってきたリエを驚かせてしまった。






 それから数日経って回復した。

 あの日からずっとリエは泣きそうな顔をしている。………前世の家族みたい。


「リエ………」

「なんですかお嬢様?」


 せっかくの茶髪が萎びている。


「笑って」

「………申し訳ありません。笑うなんてできません」

「じゃあ私を笑わせて」


 あまりにも辛気くさい。


「お嬢様はお辛くないのですか?」

「リエが辛そうだから」


 私は仰向けになる。


 この天井はあと何回見られるのだろう。

 きっと今世も早死にするんだろうなあ。


 私は長生きできない運命なんだ。

 もう文句は言うまい。




「ミュラー、起きてるか?」


 ドア越しに今世の父が呼びかけた。


「起きてます。どうぞ」


 父と母がベッド備えつけの椅子に腰かけた。

 こちらも鎮痛な面持ちである。


 5歳の娘が死ぬって言われたのだから当たり前か。

 貴族としては、政略結婚の駒が減ったからというのもあるだろうが。


「ミュラー………」


 言いたいことは想像がつく。

 これは2度目だから。


「あのねミュラー。過度な期待はしてほしくないのだけれど………助かる可能性はまだ残っているわ」


 ………え?


「お、お母様? そんなホラ話をしなくても」

「ホラ話ではありません。ねえケイリー様?」


 ………いやいや。


「本当の話だよ、ミュラー。限りなく可能性が低いから伝える気はなかった。しかしエリから君が死を受け入れてしまったようだと報告を受けてね………希望を持ってほしいんだ」


 なにを言っているのだろう。


 私は、心底そう思った。



 希望? なんだその不確定なものは。



 前世で私は周りに「希望を持て」と言われ、病気が発覚したころから治ると信じてきた。

 だが裏切られた。

 中学に入ったころだろうか。

 治らない。10年間、私の主治医だった医者にそう言われた。


 私は人を信じない。

 希望も持たない。

 それが消えたとき、私は絶望した。

 あれを繰り返すほど、私は馬鹿ではない。



 一粒涙が溢れる。

 憤りが溶岩のように、吹き出しては流れて止まる気配がない。


「お父様もお母様も! なにをおっしゃってるんですか!?」


 目をかっと開く。

 拳を思わず握り締めた。


「な、なにをって………」


 母が困惑気味に首を傾げる。


 身体の芯が熱い。

 なにかが蠢いている。


 それが何かは分からないが、消え去ったと思っていた生存本能が警鐘を鳴らしている。

 なんだなんだどうした。

 まさかファンタジーならではのものか?


「落ち着けアマリ。魔力暴走になりかけている」

「まだこんなに幼いのに!?」

「ヒユン、空魔石を持ってこい」

「はっ」


 え、待って魔力暴走ですって………!?


 銀色の髪が逆立っている。

 これは見たことがある。主にアニメで、だが。


 じゃあ蠢いているものって魔力なの?

 収まれ収まれ!


 目を閉じて、魔力を宥めてみる。

 できるかどうかは分からない。

 でもやらなきゃ両親に迷惑をかけてしまう。


 髪のパサつきが少し収まったころ、父が送り出した騎士が戻ってきた。


「ただいま戻りました、当主様!」

「ご苦労、貸せ」

「はっ」


 額に透明な魔石を押し当てられる。

 できるだけ早くそれに魔力を押し出した。

 すると薄緑に変わっていく。


「お父様っ………何色になるまで………押し出せば………」

「発光するまでだ………って何故色が変わっていると分かるのだ? いまじゃないか」

「えっ………?」


 結論から言うと、私は魔力感知ができていた。

 魔力感知とは、空気中の魔素を介して空間を把握することだ。

 つまり後ろも見えるのだ。


「なんて才能だ………」


 ヒユンと呼ばれた騎士が呟く。


「お父様、発光しました………」

「………そうだな」


 呆れとともに魔石を仕舞う。


「この件はまた後日だ。ゆっくり休みなさい」

「はい………」


 目を閉じたままだったので、すぐ眠りに入った。

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