第9話 追及と魔法検査
「コノン。少し部屋を離れていてくれるかしら」
朝ごはんを食べて帰った早々のこと。
突然告げられた言葉に、コノンは目を白黒させたが、俯き従った。
「仕事はしながらでいいから聞いてくれる?」
侍女として長年生きてきたのなら、リエも感情を隠すのは上手いはず。
しかし、作業をしながらならどうだろう。
多少の動揺は見せるかもしれない。
「どうかなさいましたか、ミュラー様?」
彼女は、掃除しながら落ち着かせるような声色で問う。
残念。私はそれで騙されたりしない。
外見詐欺幼女だから。
絶対聞き出してみせるわ。
「昨日の茶会の名乗り、覚えてる?」
リエは、動揺を見せなかった。
さすが伊達じゃないわね。
昨日の母との本番仕様の茶会で、彼女はこう名乗った。
『ミュラー様の侍女・リエカールでございます』
私にその名を教えたことはない。
「覚えていらっしゃる必要はありませんでしたのに。ミュラー様は賢くいらっしゃいますのね」
気のせい、だろうか。
………口調がどことなく貴族っぽくなった気がする。
現実の経験がない以上、アテにはできないが。
「………」
「お気になさらなくてもよいのです。リエというのはただの愛称ですわ」
本当だろうか。
それにしては、彼女は悲しむような表情をしている。
私ではない虚空に何かを見出していた。
胸がキリキリと痛んだ。
今世で最も精神的に近しい彼女を抱きしめたい。
触れていなければ、まるで、どこかに消えてしまうような焦燥感に追い立てられる。
手を握りしめ、震えを止めようとする。
「お優しいですね」
いま、私がなにか言ってはいけないと、心の戒めが行動を縛った。
深呼吸して、現状をなんとか受け入れる。
「………よく、分かりました。コノンを入れて、仕事を再開してください。私は寝ます」
「ではご支度を」
「結構です」
とにかく私は怖かった。
慈愛を拒絶した。
午後は魔法の授業だ。
「お起きください、お嬢様」
「んー………コノン?」
初めてコノンに起こされた。
そんなことは侍女長が許さなかったのに。
だって、君たち喧嘩してた。
彼女が譲ったの?
なんで。
「リエ様はお嬢様を傷つけてしまったからと落ち込んでいらっしゃいます」
「あれは私が悪かったの! リエは何にも悪いことしてない!」
驚きと困惑でコノンは動きを止めた。
「ま、まあとにかく。エデン殿が来られますからご準備を!」
有耶無耶になったまま授業が始まった。
ちなみに侍女たちは部屋から退散している。
「ご機嫌麗しゅう、お嬢様」
そう言う先生は、表情から少し硬さが抜けたように思えた。
いい調子だ。
黄緑の髪って綺麗だよなあ。
「お久しぶりですねエデン先生」
「………前回も申し上げましたが、敬称は不要です」
「前回も言いましたが、教えていただくという礼儀です」
「………お嬢様はそういう方でした。失念しておりました」
文字面に反して、マイナスな感じはしない言い方をする。
どういう意味?
「本日は、お嬢様の魔法についての検査を行いたいと考えています。よろしいでしょうか」
「いいですけれど、具体的に何をするんですか?」
「適性と魔伝導力と属性値を測ります。ご存知ですか?」
「ええ、もちろんです」
適性とは、その者の魔法の使いやすさをS~D-の13段階で表したものだ。
血筋がいい=高位貴族であるほど高くなる傾向がある。
魔伝導力とは、体内の魔力の把握率や動かしやすさを表すもの。
%表示である。
属性値とは、その者の魔力全体を100として各属性の割合を数値化したものだ。
ふっふっふ。すぐに調べたのだよ。
自称魔法大好き令嬢の嗜みですわ!
これまでからして、私は魔伝導力と適性が高いのだろう。
男爵令嬢である私が魔力総量が多いとは思えない。
「流石です。お嬢様はリラックスなさっていてください。係の者を呼んで参ります」
「分かりました」
彼らが取り出したのは、記憶が戻ってから初めて見る魔道具だった。
戻る直前に病院で見たことがある。
「失礼します」
手首にフィットする形の布のようなものを巻かれた。
心拍数を測る機械に似ている。
構造が気になってまじまじと見つめた。
お姉様に聞いてみようか。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、続けてください」
「かしこまりました」
魔力を通すと思われる、布からはみ出しているコードのようなものに触れて、エデン先生は目を瞑る。
「適性、C。魔伝導力、85%。属性値、光90、風10」
係の人が、驚きながら紙に検査結果を記す。
そして先生に手渡した。
「秘匿義務、守ってくださいね」
「もちろんです。あなたの商会を敵に回したくはありませんから」
「それはよかった」
なんか談合の現場みたいだわ………。
それにしても、先生の商会は圧をかけられるほど大きいのか。
係の人が検査器具を回収して帰った後、先生に訊ねた。
「先程の検査の、平均値、を教えてください」
「そうですね、適性は貴族階級からすると少し高め、子爵級といったところでしょうか。
魔伝導力は非常に高く、3大公爵のご子息ご令嬢くらいでしょうかね」
「さ、3大公爵ですか!?」
「はい」
3大公爵を知っているわけではない。
しかし、ラノベで何度かお目にかかったことがある。
それと同等だとすると、下手したら王族より権力が強い方々と並ぶほどの結果を出したというのか。
いくらなんでもチートすぎる。
適性は完全にミュラーとしての素質だろう。
魔伝導力は転生による恩恵か?
前世との差で魔力が分かるパターンは多い。
しかし、それにしても高すぎないか?
異世界にハマりすぎたから?
考えても仕方ないことはわかっている。結論が出るわけではない。
いつか足が掬われないように気をつけるのみ、か。
「分かりました。はぁ面倒ですね」
「嬉しくないのですか?」
「男爵令嬢には過ぎたる才能です。目をつけられたらひとたまりもないのですから」
「お嬢様は年の幼さに反して深いところまでお考えになるのですね」
「………大したことではありません」
リラックス効果があるというハーブティーの香りを纏わせる。
なんとか落ち着こう。
「魔法理論のテストをします。合格なされたら、次回から実際に魔法を使ってみましょう」
「分かりました! ようやく使えるんですね!?」
先生は持ってきた荷物から紙を取り、差し出した。
その文字には几帳面な性格が映っていた。思わず口角が緩んだ。
結果はもちろん合格だった。
異世界とラノベを愛する者なら、誰でも正解しそうだ。
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