日常が変化する(1)

星々が瞬く澄み切った夜空。


『あの赤く輝く星は、炎を司る星なんだって』


雲一つない夜空が広がり、無数の星々が煌めいている。星の光が大地を照らし、穏やかな風が草原をそっと撫でていく。


『じゃあ、ブラン。あの青い星は水の力を表しているの?』


夜空の下、幼い二人が草原に寝転がり、夜空を見上げていた。星々の輝きに目を輝かせながら、あれこれと語り合う。


『そうだよ。それに、あの黄色い星はいかづちの力を象徴しているんだ』


少年が指をさすと、隣にいた少女もその星をじっと見つめた。そして、何かを思いついたように彼の方を向いて、無邪気な笑みを浮かべる。


『じゃあ私は、お母様にあの星の色が自分の力だって教えてもらったから、きっと雷魔法を使えるようになるんだ!』


金色の髪を星明かりに輝かせた少女が、自信に満ちた声でそう言った。


『ブランは? 自分の色が何か、もう分かったの?』


『まだ分かってないけど……でもね!』


彼女の問いに応えながら、少年は勢いよく上半身を起こし、胸を張って夜空を見上げた。


『先生が魔力の色を調べる魔道具を持っている人のところに連れて行ってくれるって言ったんだ!ようやく自分の色が分かるんだよ!』


その報告をした少年の顔には、期待と興奮がにじみ出ていた。


『ブラン、ずっと知りたいって言ってたもんね。自分の魔力の色……』


クレアは微笑みながら頷いた。


『そうだよ! 自分の魔力が何なのか分かれば、使える魔法も分かるし、練習だって計画的にできる。炎でも水でも氷でも……どんな魔法でも試してみたいんだ!』


少年の言葉には、未来への憧れと強い決意が込められていた。


『それに、ヴィオレを支えるためには、俺が早く魔法使いにならないといけない』


言葉に力を込めた彼の灰色の瞳が、固い決意を宿す。その瞳を見つめた少女は、彼の夢を全力で応援したいという気持ちが溢れ出してくる。


『ブランなら絶対に魔法使いになれるよ』


『どうしてそう思うの?』


少年が問い返すと、少女は夜空に向けて両手を広げた。星々の光を浴びながら、彼女は眩しいほどの笑みを浮かべる。


『だって、ブランは私の魔法の先生なんだから!』


その言葉に、一瞬少年は目を丸くしたが、すぐに彼女の真剣な表情につられ、笑い出した。二人は草原の上で背中を預けたまま、夜空を見上げながらひとしきり笑い合う。


『ねえ、ブラン』


『ん?』


少女が少しだけ真剣な声色で話しかける。


『約束してほしいの』


少年が視線を向けると、彼女は星々を見つめたまま、そっとその手を握り締めた。その瞳に宿るのは、星の光にも負けない輝きだった。


『ブランがこれからもずっと、私の魔法の先生でいてくれるって』


彼女の言葉は、未来への願いと、彼への深い信頼に満ちていた。

少年は驚きながらも、その握られた手の温もりを感じ、真剣な顔で頷いた。


『もちろんだよ。俺はずっとクレアの魔法の先生でいる――絶対に約束する』


その瞬間、夜空に流れ星が輝き、草原の上に横たわる二人をそっと包み込んでいく

――。




夢を見た。


今となっては滑稽で、そしてあまりにも残酷な夢。


それでも、あの頃の自分にとって、それは希望そのもので。


この世界の真理も、運命の重さも、何一つ知らず、ただ未来を無邪気に信じていた幼い日々。

無限の可能性が自分の手の中にあると、疑うことすら知らなかった、あの頃。


そんな幼い記憶が、夢となって蘇る。


星々が瞬く夜空の下、無邪気に語り合ったあの光景。

未来に向けて交わした約束。


――そして、今も胸に刻まれた魔法使いの誓い。


「……」


意識が現実に引き戻されると同時に、目に映ったのは、いつもの天井の模様だった。

木材の節目が独特の形を描く、見慣れた天井。

夢の余韻がまだ胸の奥に残る中、静かに息を吐き出す。


「……夢か」


木目の隙間を見つめながら、まだどこか夢の余韻を引きずっている自分に気づく。

けれど、その感覚も次第に薄れていき、現実へと意識が引き戻されていった。


「……完全に寝過ぎたな」


ブランはぼんやりと呟きながら、体を起こした。

布団を押しのけ、少しだけ冷えた空気を肌に感じると、ようやく頭がはっきりと目覚めていくのを感じる。


昨日と今日の二日間は、ギルドから言い渡された休暇によって、ダンジョン探索も、養成学校への登校も禁じられている。

セラフィに念を押されるようにして強制的に与えられた時間だ。


最初は、強引に仕事を奪われたような気がして居心地が悪かった。

だが、そんな反発心も次第に薄れ、休暇として与えられた時間を受け入れることにした。


結果的に、それは正解だった。


体を動かすたびに感じていた疲労は、完全に消え去っている。

筋肉にこびりついていた鈍い痛みもなく、呼吸も軽い。

目覚めたときに感じたこの体の軽さは、長い間忘れていた感覚だった。


――久しぶりに、体力が満タンになった気がする。


そう思いながら、ブランは軽く伸びをする。


隣をふと見れば、ヴィオレはまだ静かに眠っていた。


寝息を立てながら、まるですべての不安や苦しみから解放されたかのように穏やかな表情を浮かべている。

いつも自分を気遣ってばかりの彼女が、こんなにも安心した顔で眠っているのを見ると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……よく眠れてるみたいだな」


ブランは小さく微笑みながら呟いた。


隣の寝台で穏やかな寝息を立てているヴィオレの姿。柔らかな毛布に包まれた彼女の表情は、とても安らかで、どこか幸せそうだった。その顔を見ていると、自然と胸の奥が温かくなるのを感じる。



彼女がこれまで抱えてきた辛さ。耐え続けてきた苦しさ。それらが少しでも和らぎ、彼女がこうして穏やかに眠れるようになったことが、ブランにとって何よりも嬉しいことだった。



静かに息を吐き、ブランはそっと寝台から立ち上がった。


ヴィオレを起こさないように、最大限の注意を払いながら動く。寝台が微かにきしむ音にすら耳を傾けながら、足音を忍ばせ、彼は静かに部屋の出口へと向かった。



外へ出ると、眩いばかりの朝日がブランを包み込む。


澄み渡る青空の下、太陽は暖かな光を降り注ぎ、大地を穏やかに照らしている。そんな柔らかな日差しを浴びながら、ブランは足を進めた。


「いい天気だな……」


顔に降り注ぐ光を手で軽く遮りながら、目を細めて空を見上げる。澄み切った青空には、いくつかの白い雲が浮かび、風に流れていく様子がどこか心を和ませる。


少しひんやりとした朝の空気が肌に心地よく、彼はゆっくりと歩を進める。その先に見えるのは、この家で長く使われている古い井戸だ。


木製の枠が風雨に晒されて時の流れを感じさせるが、中にはいつでも澄んだ水が湛えられている。彼は井戸の縁に手をかけ、しっかりと固定されたロープを引いた。


「よっと……」


滑車の音がカラカラと響き、バケツが少しずつ地上へと上がってくる。やがて、冷たく澄んだ水をたたえたバケツが顔を覗かせた。


その水面に映る自分の姿をちらりと見て、ブランは小さく息を吐く。そして両手ですくい上げた冷たい水を、勢いよく顔にかけた。


「……ふぅ」


水が頬を伝い、首筋を冷やしていく。冷たさが目を覚まさせると同時に、頭の中に渦巻いていた余計な考えを洗い流していくような感覚を覚えた。


立ち上がり、井戸の周りを見回すと、周囲には静かな朝の風景が広がっている。太陽の光が遠くに見える街を照らし、風に揺れる草の音が耳に心地よく響く。



そんな穏やかな光景を眺めていると、遠くの地平線に小さな影が動いているのが目に入った。


最初は点のように小さかったその影は、ゆっくりと近づいてくるにつれて次第に大きくなり、やがてその輪郭がはっきりと浮かび上がってくる。


「……ライラ?」


深緑の髪が朝の光を受けて美しく揺れている。その髪をなびかせながら歩いてくる彼女の姿には、見覚えがあった。しかし――その姿は少し違っていた。


養成学校で見慣れたローブ姿でもなく、ダンジョン探索時の軽装備でもない。シンプルでありながらどこか品のある服装に身を包み、どこか穏やかな雰囲気をまとっている。


風が吹き抜ける中、彼女の淡黄色の瞳がこちらを真っ直ぐに捉える。その瞳には、何かを伝えようとするような強い意志と、ほんの少しの緊張が滲んでいる。


彼女が歩みを進めるたびに、草が軽やかな音を立て、その音がやけに耳に響いていく。






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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

白が一番好きな色。

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