潜む影の予感(1)(修正)
ブランとライラが再び表情を引き締めたその瞬間、セラフィは微かに微笑みながらも、その表情の奥に隠された緊張感を浮かべていた。
「さて、二人とも。お互いに自己紹介も済んでいい雰囲気だったけれど――今度は現実に目を向けましょうか」
セラフィの声は柔らかいが、その一言で二人は再びダンジョンでの出来事を思い出し、空気が引き締まる。
「まずは、フロアⅢでのスタンピードに関する情報ね。これがただの偶発的な現象で終わるならいいけれど、今回の件を踏まえると、その可能性は低そう」
セラフィは軽く指を鳴らした。その瞬間、彼女たちの目の前に、淡い光を纏ったフロアⅢの地図が空中に浮かび上がる。地図には精緻な線で洞窟の構造が描かれ、その横にはギルドが収集したと見られる詳細なメモが、まるで宙に踊るように並び始めた。
「ライラ、君の見た状況を詳しく教えて。少しでもいいの。何か異変に気づいたことがあれば教えてくれる?」
セラフィの問いかけに、ライラは真剣な顔で頷き、自分が覚えている限りのことを説明する。
「はい……ダンジョン内が突然揺れた後、まるで湧き出すように魔物が現れました。それだけでも異常だったのに、魔物たちが明らかにいつもと違う動きをしていました。連携しているような、何か意思があるような……」
その言葉に、ブランは眉をひそめた。
「魔物が連携? 」
その言葉に疑問が浮かぶのは当然のことだった。
――本来、魔物という存在は本能で動く生物のはずだから。
思考ではなく、欲望と生存本能に突き動かされる存在。彼らが連携するなど、考えにくい。もちろん、階層が下になるほど知性を持つ魔物は増えていく。だが、それでも魔物たちは基本的に「己の縄張り」を優先する。
上層でも下層でも、種族の違う魔物同士が出会えば、縄張り争いで血みどろの殺し合いを始める。それがダンジョンの真理、自然の摂理だ。
セラフィは頷きながらも、深い考えに沈むように目を細めた。
「本来は有り得ない。確かに、通常のスタンピードではそう。けれど、今回の事態は少し違う可能性がある。例えば、何者かが魔物を操作している――そう考えると、説明がつくとギルドでは考えているわ」
その言葉に、ライラとブランの目が見開かれる。
「魔物を操作? そんなことができるんですか?」
ブランの疑問に対し、セラフィは神妙な顔つきで地図を指差した。
「できる可能性があるのよ。例えば、特定の魔法具や禁術――そういったものを使えば。過去にも、そういった記録はある。ただ、それはあまりにリスクが大きいから有り得ないと考えているけれど……」
ライラが声を震わせながら言葉を挟む。
「……じゃあ、誰かが意図的にこれを起こした可能性があるってことですか?」
「その可能性がゼロとは言えないわ。もちろん、まだ確証はないけど。だからこそ、これ以上の調査が必要なの」
セラフィは真剣な声で言葉を続ける。
「ギルドはすでに調査隊をフロアⅢに派遣する予定よ。そして――」
セラフィの言葉が一瞬途切れた。その視線が、真っ直ぐにブランへと向けられる。
「ブラン君。君にも当時の状況を詳しく話して欲しい。少しでもいいわ。何か異変を感じたことはなかった?」
その問いかけに、ブランは眉を寄せ、記憶の断片を辿るように視線を下に落とす。
蘇るのは、あの死線を彷徨ったフロアⅢでの光景。
ライラと共に魔物の大群に立ち向かい、ただひたすらに刀剣を振るい続けた。自分の限界を超え、肉体が悲鳴を上げる中でも、その場を死守しようと全力を尽くした――その光景が、鮮明に脳裏をよぎる。
だが、記憶はその先で突然、途切れていた。
「……」
ブランは口を開きかけたが、すぐに言葉を飲み込む。
思い返そうとすればするほど、記憶の空白が自分の思考を邪魔するのが分かった。
――何も思い出せない。
刀剣を振るい、必死に戦ったところまでは覚えている。だが、その後――救助隊が到着した瞬間の光景も、気を失う直前の出来事も、頭の中がまるで白紙のようになっている。
「……救助隊が到着して、俺たちがここに運ばれたんですよね?」
ブランはそう呟きながら、セラフィに視線を向ける。彼女は黙って頷いた。
「救助隊の報告によると、君とライラさんがギリギリの状態で戦っていたのを確認したそうよ。二人の間にいくつかの魔物の死骸が積み重なっていたと聞いているわ。状況はかなり逼迫していたそうね……」
その言葉を聞き、ブランは自分の記憶と照らし合わせる。しかし、最後の部分がどうしても思い出せない。自分が意識を失ってから、どれくらいの時間で救助隊が到着したのか。ライラがどのように持ちこたえていたのか。
「……正直に言うと、覚えていません。ライラと一緒に戦っていたことまでは思い出せるけど、それ以降の記憶がない」
ブランの声には、困惑と自責の念が滲んでいた。それを聞いたセラフィは少し思案するように視線を落とし、そして再び顔を上げる。
「記憶が途切れているのは仕方ないわ。君の身体も精神も限界を超えていたのだから。でも、それでもあの場で感じたことや、目にした光景をできる限り思い出してほしい。小さな違和感でも構わないわ。それが調査隊の手がかりになるかもしれないから」
彼女の声には、確かな期待が込められていた。
ブランは深く息を吸い込み、再び目を閉じる。そして、脳裏に焼き付いているフロアⅢの戦場を思い返そうとする。
ライラと共に戦った緑の風刃の閃光。迫り来る無数の魔物。何度も聞こえた咆哮。そして――
「……そういえば、一つだけ」
ブランはふと、記憶の中に埋もれていた違和感を掘り起こした。それは、戦場で魔物たちの隙間を縫うように漂っていた、奇妙な気配だった。
「あの時……魔物たちの中に、一体だけ明らかに異質な存在が混じっていた気がする」
その言葉に、セラフィとライラの表情が険しくなる。
「異質……?」
ライラが問い返すと、ブランは少し考え込むようにして続けた。
「形まではよく覚えていない。でも、魔物たちの群れの中で、その存在だけが異常に目立っていたんだ。周囲の魔物が、そいつを中心にして動いているような、そんな感覚があった」
その言葉が場の空気を張り詰めさせる。
「もしそれが統率を生んでいた存在なら……本当に何かが魔物たちを操っているのかもしれない」
セラフィが静かに呟く。その声には、これから起こるであろう事態への危機感が滲んでいた。
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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。
ゆっくりと書いていく予定です。
時々修正加えていくと思います。
誤字脱字があれば教えてください。
白が一番好きな色。
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