緑色の少女(1)


目の前に広がるこの光景。

それはきっと夢の中の幻だ。しかし、そうと理解していても、目の前に広がる光景はあまりにも生々しく、現実そのもののような重みを持っている。


赤子を見つめるのは、二人の人物。一人は、麗しき容姿をした女性。そしてもう一人は、ローブを深くかぶり、その顔を完全に隠している。

彼らの沈黙が、不思議なほど心をかき乱した。何かを語りかけているかのように、二人の視線が重く感じられる。続く静寂が、何かが始まる予兆であるかのように感じてしまう。


『この子に全てを託す覚悟を、ようやく決めたのか』


顔を隠した人物の声が、重く深く響き渡る。


『ええ。ようやくね』


麗しき女性が、その人物の問いに静かに応じる。その声には迷いはなく、確かな決意が宿っていた。


『残されたは、もう多くない。我々にできるのは、この子に全てを託すことだけだ』


顔を隠した人物の声が一層低く、重々しく響く。

女性は静かに頷きながら、再び視線を前に向けた。


『そうね。でも、それで十分よ。だからこそ、私はこの子を選んだ……』


女性はその言葉を紡ぎ終えると、静かに顔を伏せ、赤子の頭に手を添えた。その手には、確かな温もりと共に、託された使命の重さが宿っていた。


『『すべては、再び訪れる混沌の理を乗り越えるために』』


二人の声が重なり、静かに空間に響き渡る。その響きは、明日を託された運命の子の心に深く刻み込まれている。






――きて。


誰かの声が、遠くから聞こえた気がした。


――起きて。


その声は次第に鮮明になり、現実へと引き戻す。


「起きて」


閉じていた瞼がゆっくりと開かれ、ぼんやりとした視界が徐々に色を取り戻す。世界が再び輪郭を持ち始め、ぼやけていた景色がはっきりと映りだす。


目の前には、一人の女性がいた。彼女はブランの手をしっかりと握りしめ、ずっとこちらを見つめている。


ブランは、少しずつ意識が覚醒していくのを感じた。まだどこか夢の余韻が残る中で、現実へと引き戻されていく感覚がゆっくりと広がっていく。


「……セラフィさん?」


目の前の女性の名を、ブランは無意識に口にする。その言葉に反応して、女性は驚いたように一瞬目を見開き、勢いよく立ち上がった。


「ブラン君!目を覚ましたのね!」


彼女の声には、安堵と歓喜が混ざり合っていた。女性の瞳は潤んでおり、長く待ち続けた瞬間が訪れたことを実感したかのようだった。



「…ここは?」


ブランは、周囲を見渡しながら問いかけた。


「ここはギルドの医療室よ」


セラフィ・ブラスデッド。ダンジョンの管理を行う組織——ギルドで働く、ブロンドの髪色と瞳を持つ女性。そして、拒まれてきた少年にとっては数少ない、気にかけてくれる存在でもあった。そんな彼女は言葉を続けるが、その表情には少し怒気が宿っている。


「心配したんだから!一体何を考えていたの!?」


ブランは、その言葉に戸惑いながらも、自分がこれまでどれほどの時間ここにいたのかを思い出そうとする。記憶の断片が彼の頭の中でかすかに揺らめいた。彼の心に浮かぶのは、戦いの余波や、自分を見つめていたあの謎多き、二人の人物の姿だった。


「誰かの緊急信号が送られてきたと思ったら、それがあなただったと知ったとき、どれだけ肝が冷えたかわかってる?」


彼女の目には心配と怒りが交じり合っていた。


「それに、ブラン君。あなた、あれだけ釘を刺しておいたのに、フロアⅢに降りたそうね。理由は報告書で確認したけれど、それでも、どうしてそんな無茶をしたの?」


彼女のその言葉に、ブランは一瞬、言葉を詰まらせた。何かを言おうとするが、セラフィの鋭い視線と心配そうな表情が、彼の喉元で言葉を絡ませる。


ブランは一度息を吐き、視線を逸らしながら口を開いた。



「……必要だと感じたんです。あのとき、どうしても。」


そう、必要だと感じた。否、そう感じてしまったのだ。過去の、自分が嫌いだった弱い自分を切り離すために。


ブランは自分に言い聞かせるように、その言葉をセラフィに向けて静かに伝える。



「俺は、白き色彩の魔力を宿した――世界から否定された魔法の子マギアス・ネガティオンです。世界に拒まれ、無能な魔力色素を持つ、隔絶された存在。だからこそ、六年前、クレアの背中を追うなんて考えることさえできなかった。彼女はいつも俺の隣にいてくれたのに」



隣にいつもいて、支えてくれていた彼女を一人にしてしまったことが、今では悔しいと思える。だが、当時はそんなことを考える余裕すらなく、妹を奪おうとする世界、ましてや幼馴染さえも自分から遠ざけようとしたこの世界を、幼い少年は恨んだ。


なんて自分勝手で、傲慢だったのかと――絶望した。


「約束を交わしたんです、あの丘の上で。決して千切れることのない、魔法使いウィザードの約束を」



いつかまた彼女と会えた時、人を簡単に見捨てるような人間になった自分を見せることなどできるわけがない。クレアが支え、望んだ存在は、いつまでも彼女の魔法の先生であり、隣で笑い合った自分なのだから。だからこそ、ブランはあの時、心に誓った。どんな困難が待ち受け、それがどうしようもないものであったとしても、決して恥じない自分になると。彼女のため、そして自分自身のために。


「だから、他者のために死ぬ気でフロアⅢに降りたわけではないんです。でも、いつも目をかけてくれて、いろいろと支えてくれたセラフィさんを心配させてしまったことは謝ります。ごめんなさい。」


ブランは頭を下げた。

セラフィはしばらく静かにブランを見つめていたが、やがて深いため息をついた。



「ブラン君の気持ちは分かるけれど、それでも無茶は無茶。あなたには大事な妹さんがいるでしょ?彼女を悲しませないためにも、もう少し自分を大切にしてあげて」


彼女の言葉には心配とともに、強い意志が込められていた。ブランはその言葉に耳を傾け、彼女の本心を理解し、彼女に向かって頷いた。



「じゃあ、もう説教は終わり。そしてこれからは、後ろの彼女の番よ」


セラフィは笑みを浮かべ、視線を自身の背後へと移した。ブランも彼女に続いて振り返ると、一人の少女が彼がいる寝台の方へと近づいてくるのが見えた。


「ブラン君が起きるまで、ずっとそわそわしていたのよ?言いたいことがあるのにって心配して。彼女がダンジョンのことも話してくれるらしいわ」


深緑の髪が小さく揺れ動き、その淡黄色の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめてくる。少女の表情には不安と期待が入り混じっていた。


セラフィの隣へと立ったのは、あの死地を共に乗り越えた少女だった。



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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

白が一番好きな色。

















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