死へと誘う夢の場所(3)

ダンジョンのフロアⅢ、人知れぬ場所アンノウンの最終地点。

その形状自体はフロアⅡと大差ないが、このフロアに出現する魔物の危険度は、アンノウンの中でも突出している。魔法耐性を持ち、圧倒的な力を誇る危険度Ⅴに指定された魔物たちが、挑戦者の命を狙い撃つ。ここでは、ただ力押しするだけの魔法では通用しない。むしろ、それが命取りになることすらある。


フロアⅢでは、何もかもが冒険者を拒絶しているかのように感じられた。それは、ブランが初めてこの地に足を踏み入れたからこそ、余計にそう感じたのかもしれない。目の前に広がる隙のない地形、反応の速い魔物、逃げ場のない狭い通路――挑戦者たちは息つく間もなく、命を刈り取られる危険にさらされ続けるのだ。


ブランはその現実を理解していたが、立ち止まるわけにはいかなかった。男の仲間たちを救うためには、進むしか道はない。刀剣に込めた白き魔力が、暗闇の中でわずかに光を放ち、彼の進むべき道を照らしていた。



階段を降りると、目の前には広大で暗い洞窟が広がっていた。

ブランは辺りを見回し、地面に染み付いた血痕を確認する。おそらく、先ほどの男が右腕から流したものであろう。

その血の跡が、彼の進むべき道を示しているかのように、洞窟の奥へと続いていた。


階段上から聞こえていたうめき声や怒号から、すぐに魔物と遭遇するだろうとブランは身構えていた。

しかし、周囲には魔物の姿が見当たらない。

その代わりに、洞窟の地面には無数の足跡が残されていた。それらの足跡は一つの道へと集中しており、まるで何かを追うように奥へと続いている。

ブランは足跡を辿りながら、剣を握りしめ、警戒を強めて進んでいった。



ブランは洞窟の奥へと進んでいく。足跡と共にある血の痕跡の先に、男の仲間がいることを願いながらも、内心では何かしらの異常事態が起きていると直感する。ダンジョン内に潜む魔物がここまで静かであるはずがない。大量発生スタンピードであるならなおさらだ。


――これは、嵐の前の静けさ?


そう感じた刹那、洞窟の奥から何か重いものがぶつかる音と、悲鳴の叫びが響き渡った。ブランの心臓が跳ね上がり、足が一瞬止まる。しかし、ここで立ち止まっている時間はない。


「急がないと……」


ブランは剣を強く握りしめ、駆け足で足跡の続く方向へ進んでいく。洞窟の壁が徐々に狭まり、視界が暗さに包まれていく中で、彼はその先に何かが潜んでいる気配を感じ取った。


やがて、彼の前に広がったのは異様に広い空間――ここがフロアⅢの中央部であることを直感的に悟る。天井は高く、洞窟の中とは思えないほどの広さが広がり、どこか不自然な静けさが漂っていた。その中央には、何かが起こった痕跡が刻まれているかのように、荒れた地形と血の跡が散らばっている。


――人がいる。そして、魔物も。


ブランは目を凝らし、遠くに動く人影と、その周囲を囲む異形の魔物たちを確認した。男の仲間であろう人たちが、必死に戦っている。ブランは一瞬息を呑むが、すぐに気を引き締め、魔力をさらに剣へと集中させた。








どうしてこんなことになってしまったのか、分からない。

周りを囲み、殺しにかかってくる目の前の魔物に、仲間と共に必死に抗いながら、ユリーラ・マギルーフは必死に頭を働かせる。


「……何処で間違っていたの……」


いつものようにパーティーの仲間たちと、何度も訪れ、フロアボスだって倒したことがあるフロアⅢ。ここで魔法の研鑽を積み重ねてきた。なのに今、自分も仲間たちも死の淵に立たされている。


彼女の頭の中では、戦闘の最中に抱いた違和感がぐるぐると巡っていく。魔物たちの動きが異常に速い。普段なら容易に倒せるはずの魔物たちも、今はまるで知性を持っているかのように感じられる。ダンジョン内の異変――スタンピードを予測することが出来ていたとしても、これほどまでの魔物の猛攻は想像を遥かに超えていた。


「…死んじゃう……このままじゃ死んじゃう」


隣で共に戦っている少女——ライラの震えた声が、ユリーラの耳に響く。


――死……?


突如として、その言葉がユリーラの頭の中で何度も反響する。

死――それが避けられない現実であることは理解している。だが、それはまだ遠い未来のことだと思い込んでいた。

だが今、目の前に迫る確かな『死』の恐怖に支配されていく。心の中で、絶望が広がっていく。


だが彼女は、歯を食いしばり、少女の肩を叩いて励ました。

そして、目の前の魔物に再び向き合った。


「大丈夫。まだ生きてる――まだ戦える。」


自分に言い聞かせるように、彼女はそう呟く。目の前の魔物の猛攻をかわしながら、彼女は魔法を振り下ろす。だが、その一撃が魔物の鎧のような硬い外皮を打ち砕くことはない。


敵の数があまりにも多い。次から次へと押し寄せる魔物に、仲間たちは疲労と負傷により動きが鈍くなっていく。その事実を、ユリーラは嫌でも理解せざるを得なかった。

焦燥感がユリーラの頭の中で渦巻き、絶望が徐々に心を侵食していく。それでも、冷静さを失わないよう必死に踏みとどまろうとする彼女の心は揺れ動いていた。


――このままでは全滅する――ギルドの助けが来る前に死んでしまう。


何とか逃がすことができた仲間――カルーゼがきっと、ギルドにこの異常事態を知らせてくれるはず。だが、それまでに全滅してしまうのは目に見えていた。


その思いが強まるたび、心の奥底から湧き上がる恐怖が、ユリーラの体を硬直させた。そしてその刹那、魔物はその一瞬の隙を見逃さなかった。


「……あっ」


巨大な棍棒を持った暴牛の魔物が、振りかぶり、凄まじい力でそれを振り下ろしてくる。ユリーラの目の前に広がるのは、圧倒的な力を前にした『死』の現実。


魔法を展開することも、回避することも間に合わない。彼女はただ、茫然とその光景を見つめるしかなかった。迫り来る死の影に、時間が引き延ばされたように感じられた。



「ユリーラさん、逃げて!!!」


ライラの悲痛な叫びが響く。しかし、その声はフロアⅢの中央部に轟く巨大な衝撃音によってかき消された。瞬く間に、その音は全てを覆い尽くし、誰もがその瞬間、ユリーラの死を悟った。



魔物の棍棒が地面を叩きつけ、破壊的な力で周囲の岩が粉々に砕け散る。ユリーラの姿は、その破片に飲み込まれ、視界から消えた。


「……終わった……」


パーティーのリーダーである彼女が死ぬことは、この絶望的な状況を決定づけるには十分すぎる理由だった。誰かがそう呟き、全員の心に絶望の影が差し込む。


だが、次の瞬間――。



「……ぎりぎり間に合った」


絶望に染まっていたその場に、冷静な声だけが響き渡る。


全員の視線が、その声の元へと向けられる。


そこには、気を失ったユリーラをしっかりと抱きかかえた白髪の少年がいた。



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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

白が一番好きな色。




























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