死へと誘う夢の場所(1)


それは、自然の産物ではなく、まるで世界の理そのものがねじ曲げられたかのように隔絶された場所だった。外界の常識など一切通じず、そこはあらゆる地上の生物を拒絶する異空間。その領域に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲の異様さが肌を刺し、強烈な違和感が全身を覆う。空気はどこか重く、まるで世界そのものが歪んでいるかのようだった。音も光も、時間さえもそこでは歪み、目に映る風景さえもどこか不自然で、まるで現実から切り離された別の次元にいるかのような感覚を与える。



不気味な静寂が精神を包み込み、あらゆる感覚が鈍くなる。まるで時間そのものが止まったかのように、風もなく、音もない。まるで全ての存在が、この場所での活動を拒否されているかのように感じる。


足を進めるたびに、確かに踏みしめているはずの地面は不確かな感触を残し、歩いているという感覚さえ失われていく。意識がぼやけ、現実感が薄れ始める。周囲の空間が押し寄せてくるような圧迫感に襲われ、胸の奥で不安がじわりと広がっていった。


――右に三体、左に二体。


瞬時にその存在を察知した刹那、白き閃光がダンジョンの闇を切り裂くように走った。眩い光が迸り、空間が一瞬だが明るくなる。その白き刀身はまるで迷うことなく、迫り来る魔物を切り裂いていった。


息をつく暇もなく、魔物たちは次々と粒子となり、消えていく。少年の刀身に宿る白き魔力は、まるで生き物のように反応し、鋭利な刃となって敵の命を刈り取っていった。


「ふぅ……」


一呼吸置いた後、静寂が戻る。先ほどまでの圧迫感は少し和らいだように感じられた。しかし、敵は一掃されたが、ダンジョンの闇は依然として少年を包み、深淵の暗雲が完全に消え去ることはない。まるで試練がまだ終わっていないかのように、静かに彼を見守っている。


ダンジョン——ここは、そのフロアⅡに位置する空間。巨大な洞窟が階層の形状をしたダンジョンは、人々によって危険度とそれに比例したフロアで分けられている。ブランが今いるフロアⅡは、危険度を表すレベルの数でⅠからⅣに分類される魔物たちが巣食う危険地帯であった。



白き輝きを放つ刀身を静かに鞘へと収めたブランは、粒子となって消え去った魔物の残骸へと歩み寄った。地面には魔物の素材と、わずかに黒き色が輝く魔石が転がっている。ブランは手慣れた様子でそれらを拾い上げ、格納ストレージの魔法を付与エンチャントされた皮袋へと仕舞った。


これらの素材は、ダンジョンへと挑戦する者たちにとって貴重な収入源であり、魔石は特に高価で取引される品だ。魔法が理を支配するこの世界において、魔石はあらゆる用途で使用される。今、ブランが腰に差している刀も、魔石によって造られた鍛造品であった。


ブランの腰にさされた刀は、魔力流動の魔法が付与された魔道具ツールの一つである。この魔法によって、身体に宿る魔力を刀剣に流すことが可能であり、その結果、刀の耐久性と鋭刃の強度が増す効果を持つ。ブランが宿す白き色の魔力は「無」を表す色彩であり、この魔力は魔法を創造することができない唯一の魔力であることから、魔力を流動することで力へと変えることが出来たこの魔道具は、ブランにとっては、無限の可能性を秘めた武器であり、彼の戦いにおいて頼りにする大切な道具であった。


「まだ時間にも余裕があるな」


ブランは懐中時計に目を通し、時刻を確認する。ヴィオレに心配させないためにも、彼女が起きる前までには、素材と魔石の換金も済ませたうえで家にいないといけない。そして、まだ日が昇るまで二時間の余裕があった。


「もう少し、素材と魔石を増やさないと」


ブランがダンジョンへと足を踏み入れてから、すでに六時間が経っている。ブランがいるフロアⅡのダンジョンは、中級魔法を行使する者であれば、誰でも攻略できる場所だ。人知れぬ場所アンノウンと大層な名を与えられているが、すでにこのフロアはかなり開拓されている。ここで得られる素材と魔石も金にはなるが、その程度は知れていることだった。


フロアが下へ下がるにつれて、ダンジョンの危険度は増していく。人知れぬ場所アンノウンの最終地点であるフロアⅢでは、より強力な魔物が巣食い、より高度な戦略と技術が求められるようになる。魔法を行使することができれば、フロアⅢだって攻略することができただろう。しかし、魔力を流すツールでしか戦う術を持たないブランにとって、フロアⅡとフロアⅢには隔絶するほどの実力の差があった。


ダンジョン内の探索や魔物の討伐、資源の回収などを支援し、ダンジョンの安全性を確保する役割を持つ、ダンジョンの管理を行う専門の組織——ギルド。

ギルドの目的は、ダンジョン内の資源を効率的に活用し、冒険者たちの安全を守ること。ダンジョンの階層ごとに異なる危険度や難易度を管理し、情報提供やサポートを行っている。

そんなギルドで働く一人の人物にもブランは、フロアⅢ以降の攻略を禁じられていた。


だからこうして、ブランは長い時間をかけて、フロアⅡにいる魔物だけを討伐していた。自分に見合ったレベルの敵と戦い、少しずつでも資源を集めることで、日々の生活費やヴィオレの治療費を稼いでいるのだった。フロアⅡの魔物との戦いで得られる素材と魔石は、彼にとっては大切な収入源であり、無駄にするわけにはいかなかった。


「これで足りるか……」


あれから一時間ほど経ち、ブランは格納ストレージの魔法を付与された皮袋に入っている素材と魔石の数を再度確認した。皮袋の中には、いくつかの高品質な魔石と、数種類の魔物から得られた素材がぎっしりと詰まっている。これで、今日の収穫には十分な量だとブランは判断する。


「これで帰ろう」


ブランは皮袋をしっかりと担ぎ、ダンジョンの出口へ向かうために歩き始める。フロアⅡの奥深くでの探索は、彼にとってはかなりの労力を要するが、今日の成果がヴィオレの治療に役立つことを願っている。ダンジョンの探索が終わり、帰路に着くときの安心感は格別だった。





だが、その感情はすぐに打ち消されることとなる。


「あああああああああああああああ!!!!!!」


誰かの悲鳴がダンジョンに響き渡った。声は背後から聞こえ、ブランの心臓が瞬時に冷えた。


振り返ると、一人の男が必死に駆け寄ってくる。その男には右腕がなかった。残された左手で彼は何とか動こうとしているが、どこか焦りと痛みに満ちた様子だ。男の服は血に染まり、無惨な状態になっていた。



ブランは、ギルドで働く一人の人物から言われた言葉を思い出した。


『その場所が一体どこであるかを、君は絶対に忘れてはいけない』


彼女が口にした言葉の意味が、目の前に鮮明に映し出される。


危険に伴う報酬の高さは、常に比例した。

その場所は、成功を収めれば、一攫千金や名誉だって手に入れることができる。だが、失敗すればそれは「死」を意味する、希望と絶望が入り混じった未知の場所。


ダンジョン――それは数多の人間を死へと誘った夢の場所であるということを。




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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。

ゆっくりと書いていく予定です。

時々修正加えていくと思います。

誤字脱字があれば教えてください。

白が一番好きな色。

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